こんにちは
今月は祝日が2回もあって
お休みの方も
多いと思います
さて
最近、気づきがあったので
お話しします
受動態といえば、受け身、
中学校で習った英語の
be+過去分詞で
思い出したくもない在りし日の
英語の授業ですよね
~される、された、
など、自分以外の
物事が私に
~をする、した。
ですよね
いや、それが
何の関係あるのって
感じで、訳わかんない
ですが、
まあ、お付き合いください
唐突ですが
「あなたは、受動態で生きてませんか?」
英語では
主語がはっきりしています
だからかは、わかりませんが
誰が何をする、と
わからないと文が
成立しません
それも、時世がはっきりしていて
進行形、過去、未来、通常動作、
私なのか、あなたなのか、彼女なのか
一般的なのか?
どういうことかというと
私が何をしたい
ではなくて
私は、どう、思われているか?
の、生活していませんか?
ということです
あなたはいま
一番、気を使う人は
存在しますか?
どなたですか?
主導権を握られていませんか?
先日こんなことがありました
退職の挨拶に来られた方が
いたので、少しですが
といって、クッキーを
おいて行かれたそうです
私は、その場にいなかったので
え、誰から?
とあとで聞いたら
○○さんが、ご挨拶に
来られておいてきました
と
私は、そんな時
すぐに、令状の
はがきを書きます
その場で
ですから、官製はがきは
常に用意してあって
時節の文はネットから
拾ってその日のうちに
ポストに入れます
その時、必ず入れるのが
職務中の○○さんの
頑張っていたところです
そして、
今後の活躍をお祈りします
と添えます
それが、まあ、私自身が
気持ちよくって
自分のほうが
ありがたくなります
で、思ったんですね
こういうのを
「こころを遣う」なんだなって
「気を使う」
とは違う
ものだと
こころは相手に対して
自分が使うもの
主役は、自分です
でも、気を使うのは
相手にどうされたい
という自分のエゴ
が多いです
自分が
いやな思いをしたくないのか?
よく思われたいのか?
出世したいのか?
同じ自分が主でも
内容が全く違います
そして
いつも感じていることが
あって
どういうことかというと
最終的に
うまくいくときは
エゴが
ないときだなあ
って
究極に突き詰めれば
自分の
エゴかもしれない
けど、内容がまったく違う
誰かのためという
欲は
突き進むエネルギー
があります
がむしゃらです
周りの
助けもあります
不思議と
話違いますけど
兄弟げんかでは
泣いた下の子が
よく言いますよね
お兄ちゃんに
○○をされた!
意地悪された!
えーん
って
された
って
結局、大人の世界でも
○○された
あの人、おかしい
変な人
腹グロやし
あんな人見たことない
なんて言います
それ自体
外れてません
ほぼあってます
嫌な人なんです
本当なんです
意地悪なんです
ここからです
大事なのは
今回、話したかったのは
その人
変わりません
基本的に
まんまです
ずっーと
問題は
私が
何をしたいかです
私が何を
されたか?
ではなくて
結局、相手中心は
責任は私にはないから
「私の責任」
という言葉は重くて
普通は背負わないです
見たくないです
やりたくないです
私のまわりにそんな人で
ごった返しています
責任を交わす名人だらけ
実は、私がそうだから
回りにいっぱいいるのかも
人のせいだもん
でも、人生変えようと思ったら
絶対に、自分の責任から
目をそらすわけにはいきません
自分の人生を
相手のせいで
生きるのは
もったいない
自分がどうするか!
