こんにちは。
春らしくなってきましたね
いかがお過ごしでしょうか?
少しお付き合いください。
私は自分が死んだ夢を何回か
見たことがあります。変でしょう?
けど。感想は?ってきかれると。
もがいてました。
死への肉体の苦痛ではないですよ。
抗議している?というか、
「違うだろ、俺が死ぬのは今じゃないだろ?
聞いてない。早いやろ?」
って。
そんな感じです。ショックとかじゃなくて。
夢ですけど、受け入れてなかったですね。
実際はどうなんだろう?
と思いますけど、実際だと、
リアルにこの世に戻れないので、
想像で話しているのが、精一杯で
現実味がなくて勿論いいのでしょうけど。
さて、
先日、同級生が亡くなりました。
仕事の関係で通夜しか出れなかったです。けど、
焼香の順番を待っているとき、しみじみとね、
あー、もう二度と会えないんだなあー、
と思って、そしたら、例えようもないぐーっと、
こみ上げてくるものを抑えられなかったです。
若い頃、要するに結婚する前ですよね。
グループでよく遊びました。5人くらいですか。
飲み、スキー、ドライブ、
旅行、しょっちゅう遊んでました。
平日でも1時くらいまではしゃべってました。
彼は、歌がうまいんですよね。
声もいいけど、絶対音階で外さないし、何でも歌える。
人付き合いもいいし、人の面倒見も進んでするし、
明るいし。いわゆるいいやつです。
だから、私は、そんなに、弱くはない。
と思っていました。勝手に。
ここ2年位は会っていなかったので、詳しいことはわかりません。
そして、私は、ショックのなかで
いつものように、悟りました。
「人はいつかは必ず死ぬ」
と。大げさではないです。
先程の夢の話に戻りますが、
もし、今日、私が死んだら、
「おいおい、聞いてないぞ」
となるんです、たぶん。
それは、なぜだと思います?
色々、やり残しているからです。
何を?って、聞かれると
人によって違うと思いますけど。
私は、人生これからだと思っているんです。本気で。
60歳を前にして、本気かよ、って。
思うでしょうけど。
本気なんです。
そりゃ、疲れやすいですよ。
目もはっきりしてこなくなったし、運転も、長距離はヘロヘロですし、
若いときは家内の実家まで550kmを1泊2日で往復できたけど。
いま、そんなことできないですし。
人生、
やるだけはやった、
とは思ってないんですね。
ところが、残念なことに、というか
私の死ぬ日が私にはわかりません。
カウントダウンも何も、
明日なのか?20年後なのか?
わからないんです。当り前なんですけど。
もっと言えば、
へたすりゃ、死ぬことすら、
認めてない、
わかってないから、
「おいおい、聞いてないぞ」
と神様に言いたくなる。
最近思うのは、
死んでから、肉体がなくなってから
それを受け入れるのに、
49日くらいの時間が
必要なのかなって?感じています。
話は違いますが、私は、女子を
好きになったら、必ず、告白してました。
まあ、きざに、偉そうに、
そんな、いい男かよ、ってね。
当然、当たって砕けろで、殆どが撃沈です。当然、3日間落ち込みますよ、
それ以上かな?やっぱ、言わなきゃよかったって。
でも、伝えてました。
それは、言わないと、一生後悔すると考えてるからです。
ホントに後悔したかどうかはわかりませんけど。
昨日も、クルマで走行中に公団のアパートの縁に、
おばあちゃんが倒れているのが見えたんで、運転中に。
停車して声をかけて、最終的に20分はそこで電話をかけたり、対応をしました。
それをやらないで、通過すると後で必ず後悔するとわかっているからするんです。
やらないほうがきついから。
だからやるんです。
人生は決断の連続ですから。
例えば、もしもの、仮定ですが、
寿命が今日までだとしたら、
明日がないとすれば、
今日やるしかない、
今決めないと、
明日はない。
さあ、どうする?
やるか、やらないか?
法を犯すことは
勿論、論外です。
友の死を通して、いよいよ、
私の死、が現実味をおびてきました。
今現在、体調不良などは
一切ないですよ。
大丈夫です。
そう意味じゃないです。
以前より更に死を
考えるようになった。
ということです。
もうひとりの自分が
「やったほうがいい」
といったことは
もう、やることにしてるんです。
やらない、という選択はできない。
よく、死ぬ気でやれば、
何でも出来る、
といいます。
必ず死ぬ、と腹を決めりゃ
大して、それ以外に
怖いものはないです。
肉体を通しての死が
一番怖いわけですから。
問題は、どう生きるか?
です。
これからは
見えない寿命と
本当にやりたいこと、
やるべきこと、
そして
時間との戦いです。