おはようございます。
連休明けで、週の初めですね
頑張っていますか?

暑いですが、ご自愛されますように



さて、週末にお墓参りに行ってきました
遠出しました。
距離は、片道550km。
家内の田舎です。


途中、必ずやることがあります。
途中、決まって、寄るところがあるのです。

磐越道、郡山方面行き磐梯サービスエリアで
喜多方醤油ラーメンを食べること。



金沢にも美味しいラーメンは多々ありますが
600円で味わえる超絶品(個人の意見)です。
いまのところ、私にとってはNo1です。

https://www.youtube.com/watch?v=InsceIS3pGs

そして、向かった先は

福島県いわき市。
だいたい、福島第一原発からの距離60km。
なんせ、いわき市は広いです。
家内が住んでいたところは、茨城県との
県境です。

ニュースでは聞けないお話を、親戚の方から
いっぱい聞けたので、良かったです。
というか、びっくりしましたけど、本当のところは。
現実は、そうなんだ、って感じで。

さらに、話は戻って。

家内の実家は
川崎家というご先祖様で、代々続いていました。
85年ほど前の話ですが。実話です。
娘に養子をもらったが、どうも気に入らない。
てんで、爺さんは婿養子に川崎を名乗らせなかった。

どうなるかというと、娘夫婦、孫は、婿さんの
名字を名乗ることになったのです。
そのまんま、月日が流れ、川崎は誰も名乗らなくなって
お墓だけが残っています。

その孫というのが、同居している義父に当たります。
義父の父が、気に入られなかった婿です。
ですから、お墓参りは川崎家、でも名字は違う。
不思議な感じです。

震災で、お墓が傾いている、という親戚の連絡で
今回、修復の段取りも含めて、行ってきました。
ずーっと、行ってなかったので。

えー。、びっくり、キレイなんですよ。
一瞬、違う家かな?とも思ったけど、確かに
川崎家の墓だし。あれ?
と、近くの親戚に挨拶を兼ねて聞いてみると、
「それは、かつこおばちゃんが直したに、違いねえー」
と言う。
義父のいとこに当たる方です。

もう一軒、親戚に行って見ると、全く同じことを
言われ、最終的に、一緒にそのおばさんのところに
行って御礼を言うことになったんです。

そして、
お話を伺ってみると、色々事情があって
川崎の爺さんに、育ててもらって、川崎から
お嫁に行ったらしい。

そうなると、健在者で、最後の川崎を名乗った
ことのある子孫になるわけです。

川崎家の墓は、直系の義父たちよりも思い入れが
どうも深く、直すのは当たり前だと仰ったんです。
義父に対しても、修理費を請求するとか、
そんなことは、微塵も思ってない、
と言われました。

ははあー、
私、気付きました。
・・・

誰にも、褒められもせず、見返りも求めず
ご先祖さま(親を含めて)のことに、喜んで
お金を使われる方は
「家が栄える」

そのおとおり、
田畑、家屋敷、実に立派でした。

形だけじゃありません。
お嫁さんも含めて、整っていました。

余裕があるから、直した。
だから、栄えた。
ではありません。

しこたま、お金があったって、しない人は
しません。

逆なんですね。

前回もお話しましが、親、先祖のことを大事に
している人は、お金に不自由しない。
これは、法則です。

世の中の、神様は、応援するか?しないか?
の判断は、ただ一点です。

心の世界で、見えませんが、でも、お見通しです。
それは、

「自分があるか、ないか?」
「我があるか、ないか?」
「自分を捨てているか、否か?」

いわゆる、いい意味での
「捨て身」です

何のことはない、
それだけです。

逃げたり
自分をかばったり
見返り求めたり

要するに、我を出す
ときは、物事うまくいきません
なぜか、神仏に反応しない

単純
調和
共生
自由
公平

これらが神仏の世界です。

自分中心
恨み、ねたみ、怒り
むだ、むり、非効率的

これらはエゴの世界で、
バックアップはありません。