こんにちは
昨日の続きを読みに来てくださった方
本当にありがとうございます
まだ、昨日の記事を読んでない方は
先に昨日ページを読んで頂きたいなあ、と思います
さて
運転中にラジオ読本を聞いたときに話は戻ります
続きです。
はっとしてしまった、ラジオから流れてきた言葉とは
それは・・・
「早く大人になりたい」
です
別にありふれた日本語ですよね
何でもない言葉かもしれません
でも、・・・
私には、なぜか心に響きました
ここで、ラジオの小説の内容に少し触れておきますと
登場人物の男の子が
「いっぺんさん」という、一回だけ願いごとが叶う
神社へ行って、お願いごとをするというものです
一緒に行った友達が「白バイ警官になりたい」
だけど短気でどうしようもない父親がケンカで留置場に
入ったことがあって、前科者が親族にいると
警官になれないと、心配していた。そして
実は、願いがもう一つあって、友達が打ち明けるん
ですが、暴力を振るう父親から母ちゃんと弟たち
を守るために考えた策は?
「早く大人になりたい」
というものでした。
早く大人になりたい
早く大人になりたい
なんだか、同じことを子供の頃に考えていたような気がする
いや、確かに、そう思っていた
絶対にそうだ
なぜ、早く大人になりたかったか?
何だったろう?
昔をよーく、思い出してみました
子供の頃を
心の底から、そのとき、が嫌い、イヤだったからです
常に他人より田んぼをするのが遅い
さっさとなんでもしない
ばりばりと仕事をしていない
壊れた風呂を直さない
家が古い
え、誰のことかというと
私の親父のことです
早く、クルマを運転して田んぼぐらい自分でやるのに
お金を稼いで、ばりばりしてやる
だから、早く大人の身体がほしい
なにしろ、大人になりたい
思い出しました、そうです
そんなことを考えていました
ああ、そんなことを考えていたのか?では収めません
今回は、もっと、深く掘り下げてみます
身近な父親を良く思っていない。
これには、それだけの理由があったからです
ですから、それ自体を否定出来るものではありません。
でも、もっと深く考えると一番辛かったのは、
何かな?と考えると
悔しかったー!
なにしろ、
悔しかったー
何に?
と思うでしょう
一番、尊敬したい父親に対して
どうしても、尊敬できない
そんな境遇が、悔しい
思えない自分が、悔しい
言うに言われぬ、切ない思いをしていたのです
つまり、傷ついていたわけです
そうすると、痛いから、傷つかない方法を
身に着けました
本能的に
それは、
「否定」
まるごと、信じると
傷つくんです
信じるけど、思うようにならないから
裏切られたと思ったんです
ちっちゃな、こころがですよ
だから、覚えたのが
否定することです
目の前の人を
否定するんです
そうすると、信じなくて済みます
弱点は?
誰も、信用できない、ってことです
自分のことすら。
これが、私の基本形なんですね
こころの、見えない部分の制御です
これは凄い、重大な欠陥で
他人を、自分、を信用するという
「信」がないから
ものごとうまくいかないんですね
結末は
だって、何をやっても最後はできると信じれないから
自分を信じれないから
究極、幸せじゃない
です
本当は、傷つくほど
信じれるんですよ、実は
そんな、力を持っているんです
生まれたときから
でも、隠してしまったんです
「信」を
信じる
信頼
残念なことに
一番大事な時期に
私は
他人(ひと)を信じることを
放棄してしまいました
身近な父親を否定して
しまったからです
自分を信じれることを
「自信」といいます
信じる者と書いて
「儲かる」ともいいます
そして、何をかくそう
否定の反対は
「肯定」です
肯定はできますか?
前にもお話しましたが
私には、出来ないことだらけです
山ほどあります
弱い自分です
それなのに、相手の出来ないことを
攻めるのは、自己中心以外の何者でも
ないです
本来、否定できるほどの者じゃないんです
目の前の人を否定して
自分が傷つかないように
生きる
のではなく
目の前のひとを肯定し
そして、応援する
そして、出来なかったとしても
「許す」
そうです、許す、のです
偉そうに上から目線ではありません
究極、一番許せないのは
「自分」だからです
そして、ひとは
「信」
がないと、許せないです
私の「信」とは、今の時点で言えることは
なにかといいますと
親の背中でおんぶされて
感じたぬくもり、温かみ
祖父でも、祖母でも
父母でも、誰でもいいです
身近なひとのぬくもり
これを感じれることが
「信」
だと思っています
一番身近な人との
信頼関係を
それを「信」だと感じています
ですから「信」とは
親そのものなんですね
親は子供に対して一番の励ましは?
何か分かります?
「あなたを信じているよ」
それだけです
いや、これができるか
出来ないかの、違いは
大きいです
知らず、知らずのうちに
心の奥底から
物事すべての
私の生活に
影響を及ぼしているのですから
誰のせいでもありません
信じて、応援して
そして出来なくても
許す
・・・
この繰り返しで
いいんじゃないでしょうか
こころ癖があるといいました
私は
「早く大人になりたい」
という言葉に反応して
ここらへんまで、深く考えることが出来ました
「信」じること
昨日の続きを読みに来てくださった方
本当にありがとうございます
まだ、昨日の記事を読んでない方は
先に昨日ページを読んで頂きたいなあ、と思います
さて
運転中にラジオ読本を聞いたときに話は戻ります
続きです。
はっとしてしまった、ラジオから流れてきた言葉とは
それは・・・
「早く大人になりたい」
です
別にありふれた日本語ですよね
何でもない言葉かもしれません
でも、・・・
私には、なぜか心に響きました
ここで、ラジオの小説の内容に少し触れておきますと
登場人物の男の子が
「いっぺんさん」という、一回だけ願いごとが叶う
神社へ行って、お願いごとをするというものです
一緒に行った友達が「白バイ警官になりたい」
だけど短気でどうしようもない父親がケンカで留置場に
入ったことがあって、前科者が親族にいると
警官になれないと、心配していた。そして
実は、願いがもう一つあって、友達が打ち明けるん
ですが、暴力を振るう父親から母ちゃんと弟たち
を守るために考えた策は?
「早く大人になりたい」
というものでした。
早く大人になりたい
早く大人になりたい
なんだか、同じことを子供の頃に考えていたような気がする
いや、確かに、そう思っていた
絶対にそうだ
なぜ、早く大人になりたかったか?
何だったろう?
昔をよーく、思い出してみました
子供の頃を
心の底から、そのとき、が嫌い、イヤだったからです
常に他人より田んぼをするのが遅い
さっさとなんでもしない
ばりばりと仕事をしていない
壊れた風呂を直さない
家が古い
え、誰のことかというと
私の親父のことです
早く、クルマを運転して田んぼぐらい自分でやるのに
お金を稼いで、ばりばりしてやる
だから、早く大人の身体がほしい
なにしろ、大人になりたい
思い出しました、そうです
そんなことを考えていました
ああ、そんなことを考えていたのか?では収めません
今回は、もっと、深く掘り下げてみます
身近な父親を良く思っていない。
これには、それだけの理由があったからです
ですから、それ自体を否定出来るものではありません。
でも、もっと深く考えると一番辛かったのは、
何かな?と考えると
悔しかったー!
なにしろ、
悔しかったー
何に?
と思うでしょう
一番、尊敬したい父親に対して
どうしても、尊敬できない
そんな境遇が、悔しい
思えない自分が、悔しい
言うに言われぬ、切ない思いをしていたのです
つまり、傷ついていたわけです
そうすると、痛いから、傷つかない方法を
身に着けました
本能的に
それは、
「否定」
まるごと、信じると
傷つくんです
信じるけど、思うようにならないから
裏切られたと思ったんです
ちっちゃな、こころがですよ
だから、覚えたのが
否定することです
目の前の人を
否定するんです
そうすると、信じなくて済みます
弱点は?
誰も、信用できない、ってことです
自分のことすら。
これが、私の基本形なんですね
こころの、見えない部分の制御です
これは凄い、重大な欠陥で
他人を、自分、を信用するという
「信」がないから
ものごとうまくいかないんですね
結末は
だって、何をやっても最後はできると信じれないから
自分を信じれないから
究極、幸せじゃない
です
本当は、傷つくほど
信じれるんですよ、実は
そんな、力を持っているんです
生まれたときから
でも、隠してしまったんです
「信」を
信じる
信頼
残念なことに
一番大事な時期に
私は
他人(ひと)を信じることを
放棄してしまいました
身近な父親を否定して
しまったからです
自分を信じれることを
「自信」といいます
信じる者と書いて
「儲かる」ともいいます
そして、何をかくそう
否定の反対は
「肯定」です
肯定はできますか?
前にもお話しましたが
私には、出来ないことだらけです
山ほどあります
弱い自分です
それなのに、相手の出来ないことを
攻めるのは、自己中心以外の何者でも
ないです
本来、否定できるほどの者じゃないんです
目の前の人を否定して
自分が傷つかないように
生きる
のではなく
目の前のひとを肯定し
そして、応援する
そして、出来なかったとしても
「許す」
そうです、許す、のです
偉そうに上から目線ではありません
究極、一番許せないのは
「自分」だからです
そして、ひとは
「信」
がないと、許せないです
私の「信」とは、今の時点で言えることは
なにかといいますと
親の背中でおんぶされて
感じたぬくもり、温かみ
祖父でも、祖母でも
父母でも、誰でもいいです
身近なひとのぬくもり
これを感じれることが
「信」
だと思っています
一番身近な人との
信頼関係を
それを「信」だと感じています
ですから「信」とは
親そのものなんですね
親は子供に対して一番の励ましは?
何か分かります?
「あなたを信じているよ」
それだけです
いや、これができるか
出来ないかの、違いは
大きいです
知らず、知らずのうちに
心の奥底から
物事すべての
私の生活に
影響を及ぼしているのですから
誰のせいでもありません
信じて、応援して
そして出来なくても
許す
・・・
この繰り返しで
いいんじゃないでしょうか
こころ癖があるといいました
私は
「早く大人になりたい」
という言葉に反応して
ここらへんまで、深く考えることが出来ました
「信」じること