食事中
「あんたら、いいときに生まれて幸せやぞ
戦争中は、菜まま、豆まま、芋まま、ばっかりで
米は供出して、米作っとるのに食べれんかった
そんなこと言うても信じられんやろうけど」
亡くなった祖母は、よく言ってました
また、言うとるわ。ぐらいにしか思ってませんでしたけど
日本が戦争をしなくなって68年。
戦争体験者が少なくなってしまいました
小学校低学年の頃、銭湯に行くと
ふんどしのおっさんが、必ずいたものでした
別に気にも留めませんでしたけど、今考えれば
兵隊経験者ではないのかな?と思います
傷痍軍人、繁華街なんかに行くと、松葉杖で片足で
立って、募金している人がいました。
子供ながらに、何をしているのだろうと?思ったものでした
私は、身長178センチ、だと思います。何年も測って
いませんが。
代々、高身長かといえば、そうでもなく
祖父は、徴兵検査で、身長が足りず、出征せずに
すんだと聞いています。さらに、その上の祖祖父は、
日露戦争のときの活躍で、勲章がたくさん飾られていた
と、伯母から聞いていますので、出征したわけです
シリアでの内戦が問題になっていますが
日本での内戦が最後に行われたのは、西南戦争です。
明治10年、西郷隆盛率いる薩摩軍と政府(官)軍の
戦いでした。
九州が戦場になったわけですが、その犠牲者は
両軍ともに、約6500名、1万3000人もの尊い命が
犠牲となりました
中でも、九州北部から熊本に南下するときに通る
田原坂(たばるざか)の戦いでは4000名もの犠牲者が
出ました。
話は変りますが、私は古戦場には近寄らないようにして
います。わざとは・・・。具合がよくないからです。
何が起きたかを想像してしまいますので、亡くなった方々と
同期するんじゃないかと思っています。
いま、熊本を調べて納得していますが、当時は知らずに
1週間研修に行ってたんです。10年ほど前に。
立派なビジネスホテルに滞在したんですが、落ち着かなくて、
夜、消灯できないんですね。
まあ、要するに、ただの怖がりなんですが。
中東レバノンのユースホステルでもそうでした。
一応、戦争には大儀があります。
それぞれの言い分があります。
ですが、話し合いでは収まらないので、戦(いくさ)を
するわけです。
ところが、犠牲者の殆どは、その大儀とやらには、
まったく無関係の民間人であったり、借り出された
徴兵の青年だったりです
それは、無念です
先日も、元日本兵の小野田寛郎さんが亡くなっていた
ニュースを見ました。
以前、小野田さんの特集番組のなかで、番組進行者が
永年残留していた、フイリピンでの生活について
「フイリピン軍との戦いでは、殺してしまったことは
あるんですか?」との質問に、少し、形相を変えられて
「銃を撃つのは、いかに相手に命中させるか?だから
撃てば、当然相手に命中しています」
と答えられました。
多くの元兵士は、出来事の詳細は語りません。
墓場まで持っていくつもりだそうです。
なぜなら、殺し合い、だからです。
我が家には、息子三人がいます。
どう考えても、転んでも、ひっくり返っても、
兵隊になるために、育てていません
平和ボケしているから、徴兵制がいいだろう?
なんて、聞きます。
冗談じゃありません。
断固反対です
戦後の日本が復興できたのは、勿論、勤勉で
優れた民族であったことは、間違いありません。
でも、なんといっても、軍事費にお金をかけなかった。
からです。防衛費を抑えられた。からです。
唯一の、ヒロシマ、長崎をもつ被爆国として、
平和憲法をもつ、唯一の国として
戦争をしなかったからです
強い国づくり
立派です
でも、親として、息子は戦争に出しません
自由に、物申せる今だから、いいます
今日は、都知事選挙です
どうぞ、戦争を起こさない政治家を選んで下さい
たかが、都知事じゃないか?
と、思われるかもしれませんが、
ちっちゃな国の国家予算よりも大きな力をもつ
東京です。
参政権は、選挙に行くことです。
ぜひ、足元は悪いでしょうが、投票に行ってください
「あんたら、いいときに生まれて幸せやぞ
戦争中は、菜まま、豆まま、芋まま、ばっかりで
米は供出して、米作っとるのに食べれんかった
そんなこと言うても信じられんやろうけど」
亡くなった祖母は、よく言ってました
また、言うとるわ。ぐらいにしか思ってませんでしたけど
日本が戦争をしなくなって68年。
戦争体験者が少なくなってしまいました
小学校低学年の頃、銭湯に行くと
ふんどしのおっさんが、必ずいたものでした
別に気にも留めませんでしたけど、今考えれば
兵隊経験者ではないのかな?と思います
傷痍軍人、繁華街なんかに行くと、松葉杖で片足で
立って、募金している人がいました。
子供ながらに、何をしているのだろうと?思ったものでした
私は、身長178センチ、だと思います。何年も測って
いませんが。
代々、高身長かといえば、そうでもなく
祖父は、徴兵検査で、身長が足りず、出征せずに
すんだと聞いています。さらに、その上の祖祖父は、
日露戦争のときの活躍で、勲章がたくさん飾られていた
と、伯母から聞いていますので、出征したわけです
シリアでの内戦が問題になっていますが
日本での内戦が最後に行われたのは、西南戦争です。
明治10年、西郷隆盛率いる薩摩軍と政府(官)軍の
戦いでした。
九州が戦場になったわけですが、その犠牲者は
両軍ともに、約6500名、1万3000人もの尊い命が
犠牲となりました
中でも、九州北部から熊本に南下するときに通る
田原坂(たばるざか)の戦いでは4000名もの犠牲者が
出ました。
話は変りますが、私は古戦場には近寄らないようにして
います。わざとは・・・。具合がよくないからです。
何が起きたかを想像してしまいますので、亡くなった方々と
同期するんじゃないかと思っています。
いま、熊本を調べて納得していますが、当時は知らずに
1週間研修に行ってたんです。10年ほど前に。
立派なビジネスホテルに滞在したんですが、落ち着かなくて、
夜、消灯できないんですね。
まあ、要するに、ただの怖がりなんですが。
中東レバノンのユースホステルでもそうでした。
一応、戦争には大儀があります。
それぞれの言い分があります。
ですが、話し合いでは収まらないので、戦(いくさ)を
するわけです。
ところが、犠牲者の殆どは、その大儀とやらには、
まったく無関係の民間人であったり、借り出された
徴兵の青年だったりです
それは、無念です
先日も、元日本兵の小野田寛郎さんが亡くなっていた
ニュースを見ました。
以前、小野田さんの特集番組のなかで、番組進行者が
永年残留していた、フイリピンでの生活について
「フイリピン軍との戦いでは、殺してしまったことは
あるんですか?」との質問に、少し、形相を変えられて
「銃を撃つのは、いかに相手に命中させるか?だから
撃てば、当然相手に命中しています」
と答えられました。
多くの元兵士は、出来事の詳細は語りません。
墓場まで持っていくつもりだそうです。
なぜなら、殺し合い、だからです。
我が家には、息子三人がいます。
どう考えても、転んでも、ひっくり返っても、
兵隊になるために、育てていません
平和ボケしているから、徴兵制がいいだろう?
なんて、聞きます。
冗談じゃありません。
断固反対です
戦後の日本が復興できたのは、勿論、勤勉で
優れた民族であったことは、間違いありません。
でも、なんといっても、軍事費にお金をかけなかった。
からです。防衛費を抑えられた。からです。
唯一の、ヒロシマ、長崎をもつ被爆国として、
平和憲法をもつ、唯一の国として
戦争をしなかったからです
強い国づくり
立派です
でも、親として、息子は戦争に出しません
自由に、物申せる今だから、いいます
今日は、都知事選挙です
どうぞ、戦争を起こさない政治家を選んで下さい
たかが、都知事じゃないか?
と、思われるかもしれませんが、
ちっちゃな国の国家予算よりも大きな力をもつ
東京です。
参政権は、選挙に行くことです。
ぜひ、足元は悪いでしょうが、投票に行ってください