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ご飯のお代わりは?
え、いまどき、お代わりなんてします?
めっきり、食べないですよね
現代は
金沢は、金沢カレー、ってのがあって、昔から食べていた
ので、そんなもんだと思っていましたが、
チャンピオン、ゴーゴー、キッチンユキなどのカレー屋さんに
行くと、厨房が見えます
チャンピオンは違うかな、大きな炊飯器でご飯を炊いて
います。一升ではなく、二升炊きぐらいでしょうか?
私が幼少の頃は、カレー屋さんと同じ炊飯器の大きさ
のガス釜が我が家にもありました。
炊いたあと、保温器に移すわけですけど、大きなしゃもじ
で、移してました。最初は、魔法瓶の保温器ですよ。
ごめんなさい、若い人は何を言っているか分からないです
よね。魔法瓶とは、電気保温の付いていない、ポット。
中がミラーになっているやつ。あれですよ。
叔父も結婚前で同居していたので、一番多いときは
8人家族でしたから。そして、親父とか、叔父のご飯茶碗
は、まさしくどんぶりでした。子供ながらに、大人になったら
どんぶりでご飯を食べるんだ、と思ったものでした
じゃ、現代人は食が細くなったか?というと、実は、食事は
生活環境に大きく関係していると考えられます。
同居していた祖母から良く聞かされていたのが、片道25
kmを歩いて、金沢市内まで行った、そうです。
太平洋戦争以前の日本人の1日平均歩行距離が
10kmだったそうです。
1日、10kmも歩きます?
いたとしても、かなり、よく歩く特殊な方だと思います。
普通は、歩かないです。
特に田舎者の移動は、車からクルマです。
都会のほうが良く歩きます。
お米は、炭水化物です。消化すると、グリーコーゲンと
なって、筋肉を動かすエネルギー源となります。ということは
昔のひとは、何しろ、歩いた、ということです。
だから、ご飯を食べざるを得なかった。
土木作業をみても、殆どが手作業で、エネルギーが
必要です。半端ないです。身体を使っての労働が多く
ご飯を食べないと、やっていられなかった、わけです
宮沢賢治の雨ニモ負ケズのなかなには
一日4合の玄米を食べ、とありますように、かなりのご飯を
食べていたことになります。
一説によると、江戸時代までのご飯は、玄米食で
それも、一日二食だったとあります。
また、白米を食べるようになってから、困ったことが
起こるようになったそうです。
日清戦争では、兵隊さんの戦死者よりも、脚気(かっけ)
による病死者のほうが多かったそうです。
脚気とは、以前にもお話しましたが、橋本敬三先生が
シベリア抑留で長期の抑留で、粗悪な食糧事情下で
出てきた問題、そう、野菜なしのビタミン不足でした。
ジャガイモと塩だけの生活を2年間続けた結果、隊員
のなかで、結構な数で脚気者が出たということです
先生は、苦し紛れに、松葉を噛ませて、難をしのいだ
とあります。
同じように、戦争の前線では、白米しか食べず、脚気に
なった、ということです。
じつは、玄米だと脚気になることもなかったはずです。
皮の部分には、ビタミン、ミネラル、繊維質、など多くの
栄養素が含まれるためです
陸軍は、日露戦争から、脚気対策として、玄米ではなく
白米と麦を混ぜて、ビタミン不足を防いだそうです
現代の私たちは、肉体労働を殆どせず、エネルギー
消費をあまりしません。ですから、ご飯をそんなに食べなくて
も良くなりました。
それでも、出来れば、玄米ですよ。
白米と、不足するおかずを摂取となれば、おかずを沢山
食べないといけません。当然、
おかずには、脂肪分、高カロリーなどの問題が出てきます
日本人が、今の食生活になったといっても、日本人の
長い歴史からみると、たった100年ぐらいのことです
ずっと、続けてきた、日本人には伝統の食生活があるんです
好きなものだけ、口に入れるだけ入れて、そのくせ
病気を治したい、健康でいたい、とは、甘すぎるんです
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