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午前8時15分。
68年前の今日、広島に原爆が投下されました
私は、小、中校生時代にボーイスカウトに入っていました
理由は、単純明快でかっこよかったからです
その後、キャンプに魅せられて指導員までになったことは
以前にもお話しました
中学二年の丁度今頃ですね、日本ジャンボリーという
全国のボーイスカウトが一堂に会してキャンプをするという
祭典が、御殿場であったんですね。私はそれに参加して
いました。まあ、結構思いで深くて、いろんなことがありました
まず、バスケの合宿中に途中で練習を切り上げて、出発
したわけですけど、合宿があまりにもきつくて、抜けれることが
超嬉しくて帰る準備中、ドアに左足の小指をぶつけて
ひびを入れてしまったんです。ですが、診断がついたのは
1週間以上あとの、帰宅後です。紫色の指のまんま、
キャンプに参加したんです。痛かった!
そして、キャンプ初日に台風が来て近くの小学校に避難
したことも覚えていますし、皇太子が慰問に着たんですよ。
30人くらいの隊を作っての参加で、班毎に炊事当番が
あって、それ以外は日中自由プログラムに参加するという
形になっていました
プログラムがないときはテントで休んでいるわけですが、強烈
に覚えていることがあります。それは、ある隊員が持ってきて
いた漫画「はだしのゲン」でした。私は暇だから何気なしに
読み始めたものの、吸い込まれてどんどん読み進みました
ご存知のとおり、内容は原爆の話です。当時の私は中学
生で、原爆の詳細を知ったのは初めてでした。うじ虫が
体中に湧いてきているシーンとかは鮮烈で、強烈に脳裏に
焼きつきました
かなり時間を経て、広島原爆資料館を見学したことが
あります。当時の小学生の遺品や、町並み、犠牲者の
名簿、などを目の当たりにして、声が出なかったことを
今でも鮮明に覚えています。
左よりの意見を書こうと思っているわけではないですが
ただ、私は、結構、考える機会を頂いてきたのですね
沖縄へ行ったら、ぜひ見学して欲しいところがあります
那覇市内なので、行きやすいと思います
それは、「対馬丸記念館」です。船のかたちどった建物で
那覇ビーチの近くにある割と新しい会館ですが
太平洋戦争時、沖縄の小学生を本土に疎開させるため
船に乗せて移動させたわけですが、軍事船と間違えられて
撃沈したのです。多数の小学生が犠牲になったわけですが
戦後、大島渚監督が対馬丸に関して記録映画を撮っ
ています。それも、会館で観れるわけですが、なんともいえな
いです。子供三人を一度に亡くされたお母さんの叫びごえ
と、涙、今でも眼に浮かんできます。
奇跡的に流木にしがみついて生還した小学生もいたそう
です。それにしても、あまりにも悲しい現実の話です。
私は、よく考えます。
うちにも、三人の息子がいます。
私は、戦争に行かせるために、苦労して育てたわけではあり
ません。私だけではありません、今も昔も変わりません
私は、とことん、平和主義者です
戦争をしてはいけませんし、させてもいけません
半分以上過ごした私の人生で、いろいろな戦争の傷跡を
縁あって見て来ました。
広島、沖縄、フィリピン、シンガポール、レバノン、韓国
千鳥が淵墓苑、そして靖国神社。
どう、転がっても、戦争に大儀はありません。
加害者になっても、被害者になっても、傷つきます
アメリカの青年が広島の原爆資料館を見学すると
絶句するといいます。
加害者側の立場に立つわけです
私は
戦争を
美化することもなく
風化することもなく
後世の子孫の時代へと
平和を継承していきたいです
広島の原爆投下日に記します
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