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あなたは兄弟がいますか?

私は3人の真ん中です。上が兄、下が妹。

今日は、兄の話をしますね

長男です



二つ上なのでもう50歳を過ぎています

両親とは住んでいないので、大阪にいますが

小さいころは反面教師のような存在で、やんちゃでした

将来はヤクザになるんじゃないかと本気で思ってました




どこに行くにも、誘ってもらって行きました。すべて、チャリ。

一番遠くは、30km先の大型スーパーに6人ぐらいで出か

けて、暗くなったので、帰りは電車で帰るみたいな。

当然、私はその中の最年少でついていくのに精一杯。




言い出せばきりがないくらい思い出はあります


尊敬するところもあって、中学ではバドミントンをやってました

2年から頭角を現し、勝ち続け、県内では敵なし、北陸で

も、ダブルスで優勝したという伝説が残っています。

全中は、個人、ダブルスがない時代で残念でしたけど



当然、県下NO1の学校からお誘いもあったんですが、

私立の特待生になりました。歯車はずれて、バイク、無免

許、繰り返しによる保護観察処分、鑑別所送致。

鑑別所から出てきたときに、お袋が用意した、精一杯の

焼肉の場面が、なんともいえず、切ない思い出です。



私は祖父の思い出がほとんどありませんが、兄は可愛がっ

て貰っていたらしく、じいちゃん子だったときいています。

その証拠に、兄の結婚式のとき、祖父に抱っこされている

2歳くらいの白黒写真を幼少時のベストショットとして

式場の画面に映し出されていました



小学生のころは和室に一緒に寝ていたので、仏壇があっ

て、祖父の遺影も飾ってありました

日中、どんなにやんちゃこいても、寝るときに、祖父の

写真に手を合わせ、仏壇に手を合わせ、一礼して

寝るんですよ。信じられますか?

あまりに、毎日続けるんで、私も真似してしまいました



実は

兄に、悪かったな、と思う、苦い思い出があります

思い出すと、切ないです



それは、兄が小学校5年になるときに、新聞配達を引き

受けてきました。朝刊で、かなりの部数です。

私も少しだけ手伝いましたが、なれると少しずつ私の部数

も増えていき、最終的に道路ごとに割るようになりました



ここでも、びっくりするのは、兄の包括の場所に、我が家の

墓地があったのです。

毎日、手を合わせていたのです。なぜ分かったかというと

その後、止めるとき、次の子に教えたときに、毎日の

日課なので、その子が家で言ってたので耳に入りました



兄は、少し離れた道路で、家と家とも離れていますし

時間がかかるわけです。晴れた日はいいんです。雨でも。

問題は雪です。積もると、自転車が使えません。

歩くしかないので、倍どころか、すごい時間がかかるのです。



私は、自分の持ち場を終えるとそそくさと、学校に

行ってました。手伝わなかったのです。

当然、兄は時間がかかっているので、遅刻しそうに

なって、苦労していたわけです。見てみぬふりをした




私は、思い出すんです




雪が降る季節になると。




あのときの。





小学校5年生と3年生の少年2人のすがたを。




当然、冬ですから、真っ暗です

当然、寒いです


外には思いのほか、雪が30cm位も積もっています



玄関に来ているまとまった新聞の束を数えて、仕分けて




ほぼ、一緒に出発します




冷たくて




眠たくて、




何でこんなことせんなん?と




行きたくなかったときも




頑張れ続けれたのは

















がいたからです・・・




何でも、負けまいとして





背伸びして




頑張れたのは








がいたからです




兄は持ち場が終わると、私の道路まで寄って手伝うん


ですよ、私が歩きで、兄が自転車のときは






かえり、後ろに乗せてくれんたんです

うれしかったです






やさしいんです




こんにち、自分が横道それなかったのは

















が前を歩いていたおかげです


(涙)


自分にとって、本当は




大切で





心配で





実は








大好きなんです








ありがとう








今日、あのときのことを思い出して



涙しながら書きました





そして、気がつくことができました





ありがとうございました







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