心から間違っていたー
と、気づくことがありますか?
私には、何回かあります
そのうちの、一つをお話しします
先日、大学を卒業した
長女が生まれるときにあった話です
私たち夫婦は
東南アジア向け、海外青年友好フォーラムに
参加したのがきっかけで、遠距離の末
1年くらいで結婚しました
同い年で、25歳でした
間もなく、家内も身ごもり
嬉しさと、不安と、期待で一杯になり
少しずつ、おなかの中で
成長していくのを
確認しながら、生まれてくるのを
待っていました
8ケ月になった時
定期健診で家内が
なんだか、逆子になったみたいで
体操してください
と言われたよ
と、仕事から帰ってきたら
ご飯を食べながら
私に言いました
体操したら、治るんだったら
まあ、いいか
といった感じで
受け止めていました
9ケ月になっても
検診では、治っていませんでした
家内は、私が勤務していた
大学病院でお産予定で
検診も受けていました
主治医曰く
逆子のまま、普通分娩はさせたくないので
その時は、帝王切開にしますね
とのこと
初めての子供なのに
普通分娩させてあげたいな
と思っていました
そのうち、
なんで、最初の子が
逆子なんだろう
と、考え始めました
ある先輩から
衝撃の言葉を貰いました
「逆子は、親不孝なんだ」
でした
そうか、家内は
親不孝なんだ
自分は、親孝行だし
違う
と、言い聞かせました
ところが
何日たっても
先輩の言葉が
こころの、どこかで
引っかかっているのです
時間は、どんどん過ぎていきました
もう、臨月になる
とういうころ
ふ、と
もしかしたら
自分が、親不孝なのかもしれない
と思い始めました
すると
生い立ちのなかで
両親に対する
こころが見えてきたのです
見ようと、思い始めたのです
母は、家族の多い農家に嫁ぎ
苦労してきました
父は、後継ぎ長男として
兼業農家でいろいろ仕事を
転々としていました
しかし、私が小学校に行くようなころには
かなりの、田畑は売り払い
ギャンブルに消えていました
親戚も、助けてくれたりはしましたが
限界があります
最後の家と、土地は
私が、二十歳のころに
手放しました
それが、すごく悲しかったです
悔しかったです
親父が嫌いでした
しっかりしていれば
こんなことにはならない
じゃ、一方的に
母の味方か、というと
そうでもなく
親父に罵声を吐く
母も嫌いでした
そんなことを
思い出しました
両親を、
親だとは思っていない
親を、親だと思っていない
そんな自分が
親になれるわけがない
だん、だん
そう思い始めました
そういえば
結婚するときに、しっかり
お礼を言ってなかったな
まずは、お礼を言いに行こう
と、決めました
よし、今日だ
仕事が終わってから
両親のとこによってこよう
行きました
ところが、なんだか
照れて、切り出せない
まあ、いいか
やめとこか
いや、子供も生まれるし
そんなわけにいかん
今日しかない
葛藤しました
タイミング良く
母が、自分の前に
座りました
私から、出た
言葉は
いままで
育ててくれて
ありがとう
母の、膝元をみたら
涙が
ぽた、ぽた
と落ちていました
「みんなの、お陰やからね」
と
声を詰まらせて
言ってくれました
実は、私は
言う前から
涙が
止まりませんでした
母の、苦労している
姿が
走馬灯のように
よみがえり
申し訳なさで
一杯でした
いま、この文章を書きながら
涙が止まりません
その時に
気付いたことは
逆子は、自分のために
親の思いを分からせるために
なってくれたんだ
ということでした
私は、すがすがしい気持ちで
目を真っ赤にしながら
家に帰りました
食事をしながら
家内に、両親のことを
話そうと思いました
すると
「今日の、検診で
逆子が治っとったわ」
へえー
すごい
やっぱり、俺か
その後、普通分娩で
長女は無事に
生まれました
4人の子供はいますが
逆子になったのは
それっきりです
長文に付き合ってくれて
ありがとう
