こころ見つめる
とよく言います
最近思うのは
大切なのは
見つめる気になる
本気で見つめようとする
逃げないで見てみる
ということではないか?
世の中で、重要視されているのは
方法論
スキル
技術
などの
現象面(形、型、めにみえるもの)
です
以前の職場の中で(看護師どうしで)
いじめが原因で
いじめたほうが、部署移動になりました
人事移動が決まってからその方と
違う看護師が喋っているのが聞こえました
わずか、1~2分の会話のなかで
「いじめ」という言葉が、何度も繰り返されました
なんで、この方は、いじめにこだわるのだろう?
と思いました
はっ
と思ったのが
この人、過去に自分がいじめられたんだ
とわかったんです
表情は(相)、言葉は(力作)です
勿論、性は(こころ)です
ひとつのこころから、出ているんです
移動になった方は、私に対しても
陰険に仕掛けてきたこともありました
仕返ししたろうか
と思ったこともありましたが
できるだけ、みんなが居る前で
正直にその方に話すよう心がけていました
以前、いじめられたんだ、と
気がついたら、
不思議と許す気持ちが芽生えました
私は、現象(言葉、行動)で判断します
ところが、相手のこころを見ようとしません
有能、占い師のように
じっーと、見つめて
こころだけ、みれれば、
どんなにか、楽になれるかな
と思います
よく、教えられるのは
相手のこころを分かるには
自分のこころを見つめる
訓練をしないとできない
ということです
そこまで、こころにこだわるのは
こころが、すべてを
作っているからです