24.05.18 近鉄で橿原神宮へ2(橿原神宮 参拝)
満腹になったので(←このフレーズ多いですね)橿原神宮を参拝します。
大きな手水舎です。かわいい子が清めていてるのを見ている嫁。
ひとりで出来たね!ちょっと届かないかな。
(撮影:嫁)
(撮影:嫁)先ほどとはまた別の手水舎
旅行パンフレットかガイドブックの様に撮影のつもりでしたが・・・鉄子になってしまいました(笑)
(撮影:嫁) 広い境内ですね。
心洗われます。
24.05.18 近鉄で橿原神宮へ1(橿原神宮前駅到着。昼食)
ちょくちょく近くを通りながら、一度も行ったことが無い橿原神宮へ。
セコク近鉄特急も乗らず、急行で1時間以上かけて橿原神宮前駅に到着。
途中祝園駅にて、特急車両が退避し普通が停車し先行。こんな運用もあるのですね。
この駅でたまらなく好きなアングルは、やっぱりこの構内踏切内での撮影。同じ!と言うかたも多いかと思います。回送表示の特急車両が入ってきました。
ゆっくり低速で進入して停車します。構内踏切も降りませんので、そのまま撮影が可能です。本来踏切内で立ち止まることも禁止ですが、ここでは近鉄さんの寛大さで正面の撮影が可能です。
ゼロ番線に留置中の狭軌車両。
狭軌広軌の台車入替場所。いつものエスコート機も遠くに見えます。
特徴ある感じいい駅舎。
昼食をもとめて近くの喫茶店へ。
喫煙OK.昔ながらの喫茶店です。愛煙家の私には嬉しいです。
レンタルでしょうか?ポトスがスゴク元気で綺麗。
アニメ作家?鳥居なごむさん。とか。このお店は聖地なのかな?
わたしは日替わり定食の1つ、一口カツ定食。なんとこれで800円!
嫁はナポリアン スパゲティー+ごはん付き!=700円!
残念だったのは、ビールが無かったことだけ。今どきこの値段はスゴイです!
24.04.06 京都伏見南浜の桜4【完】(カラクリ時計)
御香宮さんから再度大手筋に戻ってきました。夕方17時。
大手筋商店街にある近畿労金さんの上にある、カラクリ時計です。
普段の時間は、伏見の酒蔵と地震で倒壊する前の?伏見桃山城の図案があります。
扉が開きました。いよいよ始まります。
菰樽が反転し千利休さんが現れます。
一番頂点には伏見人形では有名な『饅頭食い』人形が現れ、次に2段目の牛若丸と森の石松が現れます。
三段目:左から秀吉・伏見城・千姫 最下段:花傘参加らしい・坂本竜馬・新選組(誰だろう?)・杜氏さんらしい。人選は難しかったでしょうね。 ≪他の写真は割愛させてもらいました≫
カラクリ時計【おやかまっさん】とのこと。京言葉で『お邪魔しました』と言う意味。
聞いたことはありますが、でも話し言葉としては聞いたことありませんね。
午後13時から毎時ちょうどにメロディーと共に開くのですが、足をとめて見入ってしまいます。
(撮影:嫁スマホ) 17時30分。とりあえず喉を潤す為・・・呑みます。
チェーン店でチョットだけ食べて、自宅近所の居酒屋に向かいました。
そんなに有名とは言いませんが、伏見の桜も良いですね。来年も散歩したいです。
24.04.06 京都伏見南浜の桜3(御香宮の桜)
疎水運河の桜で癒されたあと、御香宮へ向かいました。
御香宮、『ごこうぐう さん』『ごこうの みやさん』と呼ばれる方が多いかな。夜店しか思いつかない勉強不足なわたし。境内には多くの宮さんやお社があります。
地元過ぎて写真は初めてですが、こんなに鮮やかな装飾がされているのですね。キレイです。
桜が多い裏側へ廻ります。立派な能舞台があるのですね。こんなにジックリ見たことありません。
雨樋と一体になった雨水溜め桶。さすが月桂冠さんです。御香水は多くの方がペットボトルで汲みにきておられます。伏流水=伏見とも言われ、桃山からの伏流水のお蔭で、美味しい日本酒が出来たのですね。
広角レンズ。
所どころに桜が咲き誇っていますが、この枝垂れ桜は本当に綺麗です。
撮影や散歩で数人が来られているだけで、運河の桜よりジックリ見ることが出来ました。
24.04.06 京都伏見南浜の桜2(十石舟と桜)
大手筋から納屋街を通り、南浜町方面に向かいました。本来の南浜町は小さな区域なのですが、わたしが住んでいたころ?は、南浜と言えば結構広く、少しアバウトな地域を言いました。
伏見大手のお酒でも、わたし好みの日本酒が多い黄桜さん。
(撮影:嫁)黄桜さんと言えば、カッパです。
わたしは広角レンズで。10-18㎜おもしろく、普通ならはみだすアングルも写せて便利です
水運で賑やかだったころを妄想してしまいます。
近鉄特急も一緒に
京阪特急も一緒に
京阪中書島駅まで来ました。京都市電の元電停跡で、その後は以前住んでいた地域へ向かう、少しショートな京都市バス22系統が、ターンテーブルで回転していました。昔はベンチもありましたが、無くなっていますね。でも懐かしいです。
振り向くと京阪特急万博カラー。手前の橋も今はアンダーパスの道ですが、かつては水が流れていたそうです。古地図を見ると周辺の港と一緒に興味をそそります。
もう少し歩きました。バックに見える建物と周辺は、大手月桂冠さんの酒蔵や建物が多くあります。
アングルから避けていますが、下にはこれだけの人がおられます。
近所の方が植えられていたチューリップがきれいでした。
風情がありますね。
十石舟もいいです。乗船したことはありませんけどね(地元人は乗らない?)
24.04.06 京都伏見南浜の桜1(京阪電車と昼飯)
櫻舞う春。昼ごはんを食べがてら南浜を散歩しました。表題の南浜とはあまり言いませんが、わたくしは元々地元で中学まで大手筋から中書島は庭でした。
伏見桃山駅にて3000系トップナンバーを使った快速急行を撮影。今の京阪さんは種別が多すぎて判り難いですね。
ホーム前後が踏切に挟まれた7両編成がギリギリの駅ですので、こんな撮影も可能なんです。
9000系。色々な種別もですが、形式も以外と豊富で楽しい京阪です。
昼飯は眠眠さんへ。歩きなので昼呑みは必須です。633じゃ無いのがチョッピリ寂しいかも
眠眠で満腹のあと大手筋へ。古くはニチイや西友もありましたが今は無く、大手筋商店街自体も昔の活気は無くなりましたが、それでも京都近郊の中では、まだマシでしょうね。
東西の大手筋から、今度は南北に納屋街商店街。ここは昔より若い人が増えた印象があります。昔は食材や婦人服は納屋街の方が、おばちゃん&おばあちゃんで大手筋より多かった感じでした。
櫻の季節。ぶらぶら散歩します。
24.03.09 石切神社~大阪城~京橋8【完】(京橋でチョイ呑み)
🎵京橋はええとこだっせ、グランシャトーがおまっせ♪ 関西人あるあるで、40歳代以上なら必ずCMが歌えるでしょうね。
焼き鳥屋さんでチョイと一杯。 鳥とネギのゴマ油和え。うまい。
なんだかんだで、色々頼んでしまっています。2人とも2杯目。
あかんなぁ~2軒目へ。安い焼肉屋さんに。
安いお店。これも安いのですが見た目通りの旨さでした。
炭はちくわですが、それでもガス焼きとは違って旨さを引き出しますね。
ここでも、もう3杯目・・・チョイ呑みちゃうやん。
うわぁ!すごい食欲!怖い~
嫁のスマホ画像だけでアップさせて頂きました。
京都まで帰るにはチョイ呑み程度にしなければなりませんが・・・がっつり!となってしまいました。
京橋駅周辺でしたので、京阪特急で帰りました。
24.03.09 石切神社~大阪城~京橋の散歩。
単なる食べ呑みメインの日常をアップしただけをどうぞお許しください
24.03.09 石切神社~大阪城~京橋7(大阪城とビル街)
陽が陰り、風が肌を冷やして寒いです。
大きな城壁と大きなビル壁。堀には観光船。不思議な景色にも感じます。
(撮影:嫁)また来ます。
(撮影:嫁)
(撮影:嫁)
OBPの一角。
寝屋川と大阪環状線。オレンジ1色だった印象しか残っていないのですが、ピンクの車両まで入るなど、時代は変わりました。ピンク=女性と言う表現も、ジェンダー社会で今後変わるのかな?もう時代について行けてません。
戦時中には軍事工場だらけの京橋も、このTWIN21が建設されたときには、スゴイ時代になったと感じたのですが、周辺には更に高層ビルが乱立し目立たなくなりました。設計から言えば半世紀前のビルなんですね。
ビル群から屋根付きの高架道で京橋駅まで繋がっていて、雨の日や強い日差しを避けて移動できます。その高架橋から見た旧片町駅方向を見ます。ポイント一式が置かれていますが、片町駅に関係した由緒ある?ポイントでしょうか。長い間放置状態です。冬枯れした雑草に埋もれて寒々しい。
おぉ櫻かな。
本日8月15日、終戦記念日。
昨日8月14日、京橋空襲記念日。昨日24.08.13に、39度になる大阪に行く途中、京橋駅に停車の涼しい電車内からですが、嫁と2人で手を合わせました。他に手を合される方は見られませんでしたが、たぶん心の中で合掌されていた方も多かったと思います。
24.03.09 石切神社~大阪城~京橋6(大阪城と梅)
いつ見ても安定感ある大阪城はいいです。
PCで加工。この建物は裏側も好きなんです。誰も行かないのですが。
今はMIRAIZA OSAKA-JO(ミライザ大阪城)と言う複合施設に生まれ変わっていますが、わたしの中では大阪市博物館での想い出(オヤジの時代は大阪府警)。博物館の方が良かったと思う古い人間ですが、繁盛していて賑やかで観光客の集客にも貢献。なにより訪れる方も、そして建物も幸せそうな感じなので、今の使われ方が大成功でしょうね。
元々は陸軍の施設。寄付で創建されたとのことですので、昭和初期の頃、軍国主義からの忠誠心なのか、国に対して今で言うエンゲージメントが高かったのか判りませんが、大阪城周辺の軍事工場を標的に、焼夷弾では無く爆弾投下で穴だらけになった中で生き残った強運の建物です。
(撮影:嫁)楽しく過ごされていたご家族。まだ親御さんも生まれていないエキスポ70が開催された1970年、写真中央のドーム地下にタイムカプセルを埋めた地です。先ほどのミライザになる前の大阪市博物館では、タイムカプセルの模型と説明、収納品が展示してあった記憶があります。
梅園を散歩。
時期的には梅も終りのころでしたが、癒されました。
少し風と寒気もあり、アルコールでは無く!ホットコーヒーを飲んで、ぶらぶらノンビリ散歩しました。
でも!でも!お腹と喉から呼び声が聞こえた様な・・・
時刻は16時40分。そろそろ準備が必要な時間になりました(何の準備やねん)
24.03.09 石切神社~大阪城~京橋5(近鉄7020・Osaka Metro400系)
石切さんをお参りし腹も満腹になったので、徒歩で10分程の所にある新石切駅からとりあえず大阪市内を目指します。
ホームに上がるとスグにやって来ました。多くの電波塔がある生駒山をバックに撮影。
滑らかなデザイン。オレンジ色は近鉄特急と同じ色ですかね?めんどくさいので調べません(笑)
1本見送ります。
都会では珍しいセンター線がある構造の駅。運用上では使っていない筈ですが、錆び取り運行があるのか、レール頭面はサビサビではありませんね。
次の列車が来ました!残念ハズレ!あきらめてこの列車に乗ります。
もう一度生駒山をバックに。大阪生駒山の眼下にある学校の校歌歌詞には、結構な割合で『いこま』が入っていると思います。10キロ以上離れたわたしの学校でも入っています。いました(←過去形:1,500人規模の小学校でしたが・・・廃校になりました。少子高齢化が良く判ります)
ちょっとブレていますが・・・昨年2023年に登場した400系に乗って見たかったので、1本乗り過ごしたのです。嫁は呆れていましたが。2024年にはローレル賞を受賞した素晴らしいデザイン。有名なデザイナーさんで、数多くの鉄道車両を手掛けておられる方です。
中央線+トンネルまで掘ってまで近鉄けいはんな線を作るなんて、少し昔には考えられませんでした。京阪奈は更に宅地開発されていますので延長計画もある様です。スゴイです。
とりあえず切符を購入して乗車し大阪城に向かいます。