2026年は、罹患2年目の鬱病とパニック障害について自分の経験をまとめていきたいと思います。不定期更新となりますが、ご自身はもちろん、身近な方が心を痛めている方に読んでいただきたい内容になっています。
※自身の経験のみをまとめていますので、これがすべての症状、経緯ではないことをご了承ください。
キャパオーバーと言われるまで
それは、突然訪れた…ように感じた。しかし、実はじわじわと訪れていたのだ。
最初に異変を感じたのは、2度目の新型コロナに感染した時だった。既に1度罹患していたおかげか、2度目は初めて罹患した時より身体は楽だった。しかし、楽だったのは身体だけ。この頃から、やる気が出ない。何をしたらいいか分からない。やたらと眠い…など、普段の自分とは明らかに違った。
医師は、「コロナ鬱かもしれないな」と、気分を上げるという漢方を処方してくれた。それを飲み切ってしまっても症状は改善せず。
既にコロナ罹患から2ヶ月が過ぎていたため、医師もコロナ鬱ではなく、他に原因があるのかもしれないと血液検査を実施。内臓に異常があることも考えられるため、原因として考えられる検査の分の採血をしてくれた。その結果、内臓に問題がない場合は精神疾患の可能性があるということだった。
そして、その検査の結果、内臓には何も問題がないことが分かった。つまりは精神疾患だということだ。
正直、内臓疾患だったら回復が早いと思い、心の中では「内臓疾患でありますように」と願っていた。しかし、結果は私のねがいを裏切った。
医師は、精神科への受診を勧めてきた。
精神科へは自分で電話をして予約を取ることになると説明を受けた。その日のうちに電話をするも、直近2週間の中で予約できる時間はないとのこと。その病院は2週間ごとに新規予約が取れるシステムのようで、別の日にまた電話するようにと言われた。
正直、電話をするのもとても面倒だと感じていた私。予約が取れるまで何度電話をしたらいいのだろうかと考えると、受診するという意思が揺らぐ。
しかし、受診しなければずっとモヤモヤしたまま過ごさなければならないし、何より、普段の生活にかなり支障をきたしているため、それを何とかしなくてはという気持ちもあり、再び電話をする。
幸い、今度は予約が取れた。
紹介状を持ち、精神科へ受診する際も「面倒だな」と予約時間に間に合うように家を出発するにはギリギリの時間までグダグダとしていた。
それでもやっと取れた予約だ。これを逃せばまたいつ受診できるかも分からない。まるで足の裏から太くて長い根っこでも生えたかのようにその場から動けない身体を根っこごと引っこ抜くようにして玄関まで行く。それでもまだ靴が履けない。
いい加減、出なくては本当に間に合わなくなる。
「行きたくない」気持ちと「行かなくては」という使命感と闘い、なんとか車の運転席に座る。車の運転は「面倒だな」とは感じなかった。もともと好きなことだったからだろう。そして、ようやく病院に向かって出発した。
初診は、問診票の記入があるので予約時間より30分ほど早めに来るようにと言われていたが、本当にギリギリで病院で受付。書かれている内容を読もうとするが、どうも理解できない。普段、読書も執筆も好きな私にとって、文章が理解できないことにショックを受けながらもかなり時間はかかったが、すべての記入を終え、受付に提出する。
待つこと10分。
診察室から呼ばれる。そこには年配の男性医師が座っていた。穏やかな表情で「お座りください」と促してくれた。
言われるまま医師の前に座る。しかし、どうも落ち着かない。心臓はバクバクし、身体は小刻みに震えている。そのどちらも抑えられない私に、医師が静かに話しかける。
医師の質問に、ほとんど答えられないことに言いようのない申し訳なさに襲われさらに身体は震える。そんな私に医師は、検査を勧めた。一度待合室に戻り、当てはまるところを塗りつぶすマークシート式のテストのようなものを渡され、それに答えていく。
この日は、それを提出して終わりとなった。
次の受診日。また予約時間ギリギリの到着。やはり初診時同様、「行くのが面倒」と思い、動きが止まってしまったからだ。しかし、その日は前回やった検査の結果を聞きに行かなければいけない。重たい身体を無理やり玄関まで運び、なんとか家を出て車に乗り込む。そして、病院へ。
待合室で待っている間、同じように待っている患者の数に「帰りたい」と思ってしまう。人の多さ、ざわつき、動きにいちいちビクビクしている自分に気付く。イヤホンをそっと出し、好きなアーティストの曲を聴きながら気を紛らわせる。
しばらくして自分の番になり、診察室へ入った。検査の結果、「数値だけ見ると、鬱病ではないんですが、私が見る限りあなたは鬱病です」と医師に告げられる。数値では鬱病ではないのならば、そこまで深刻ではなく、すぐに調子が戻るかもしれないとその時は思っていた。しかし、そんなに甘いものではなかった。
私がこうなった理由を医師とともに検証。どうやら私は常に他人のことを考え行動し、自分が無理をしていることにも気付かないままここまで来てしまったための”キャパオーバー”だと言われた。
長年、無理をしてきた自覚がなかった私には、そう言われてもあまり実感はなかったのだが、こうなる前の1年はかなり怒涛の1年を経験している。そのことが、キャパオーバーを引き出してしまったようだ。
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