うつ病と共に生きる時間② | ♪みん♪なsmile☆

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今年1月から連載していました『他人事ではなくなった病』(全10回)ですが、今年の4月から担当医が変更したこともこちらに残しておこうと思います。

 

タイトルは『うつ病と共に生きる時間』とします。

前回は、うつ病と診断されてからの記録をまとめましたが、今回からは少し前向きなイメージだと思ってください。

 

 

 

前回は新しい担当医との初対面について書きました。上差しに綴ってありますので宜しければそちらもお読みいただけると幸いです。

 

 

 

 

5月の大冒険 

4月に担当医が変わり、第一印象は最悪ではありましたがやはり精神科医。患者によって配慮してくれることが分かり、少しホッとしたというのが素直な気持ちでした。

 

5月は受診日がなく、「行かなくちゃ」という義務感というか使命感を抱かなくてもいい月です。そして、5月と言えば私にとっては本当に大冒険のイベントがありました。

 

それは、

 

宿泊を伴う旅行

 

通常のブログでも書いているので、そちらをお読みいただいた方にとっては重複してしまうかと思いますが、備忘録としてこちらにも改めて書きたいと思います。

 

一緒に行ってくれるのは、子供を通じて知り合い、波長も合い、今では子供抜きで付き合ってくれている親友。

彼女は、私よりも年下ですがとにかくしっかりしています。普段はほんわかしているのですが、いざという時には私にも思いつかないような視点から意見を言ってくれる頼れる存在。

 

そんな彼女とだから、この旅行も挑戦してみたいと思えたんです。

日程は1泊2日でしたが、それでも結婚してから一度もこういうことをして来なかった私にとっては大冒険です。なんせ、日帰りの同窓会ですら行かせてもらえなかったくらいですからね。

 

今回の旅行が実行できたのは、怪我の功名といいますか、病気の功名といいますか…うつ病になったからこそ夫も許可してくれたんだと思います。

 

 

 

 

旅行中にしたかったこと 

この旅行で、私なりに「旅行中にしたいこと」を考えていました。

そのひとつが、彼女がまだ行ったことがないと言っていた水族館に行くこと。

そして、ひとつが、うつ病になってから乗れなくなってしまった公共交通機関に乗ること。

 

とにかく人が怖くて、逃げ場のないバスや電車に乗ることが出来なくなってしまった私。それでも少しずつ克服しないととずっと感じていたので、この旅行でそれを克服したいと思っていました。

 

水族館は、行くことが出来ました。

しかし、途中から人が多くなり急に恐怖に襲われた私は、ずっと親友の服を掴んでの移動となりました。その夜、親友から

「だいぶ回復してきているように思えてたけど、やはりまだ無理は出来ないんだなって感じた」

というような内容のことを言われて、私自身もだいぶ良くなってきていると感じていたけどまだ自分が思っていたより回復はしていなかったのだと改めて痛感しました。

 

見た目はほぼ皆さんと変わらない。表情にも恐怖を出さない。でもやっぱりメンタルはまだ回復の階段を1段ずつゆっくりと上がって行っているんですよね。これが精神疾患のある意味怖いところ。

 

患者本人は、最大限普通を装う。いや、装っているつもりなんです。この”普通”というのは、私の場合”以前の自分”ということです。正直、この普通っていうのが今は「どんなだったかな?」と感じています。当時は考えながら普通を装っていたわけではないからです。いざ、以前の自分はどうだったかと考えても意識していなかったから、どれが以前の自分か正直分からないんです。

 

それでもどこにでも行き、行動範囲は広い方だった自分を取り戻すため、この旅行で比較的乗客が少ないであろう時間帯に電車に乗ることが出来れば自分にとっても自信に繋がると思って期待していました。

 

 

 

 

断念 

電車に乗ろうと思っていたのは、宿泊した翌日。チェックアウトしてからの予定でした。

 

しかし、前日は思ったより頑張り過ぎたのでしょうか。翌日は、とてもじゃないけど電車に乗れるだけの気力が残っていなかったんです。おそらく以前の自分ならば、計画は自分の意思に関係なく実行していたでしょう。

 

でも今の私にはそれを強行するだけの気力がまだ回復していませんでした。そのことを素直に親友に伝え、電車に乗ることはまた次回ということで、チェックアウトした後は買い物をして帰宅…となりました。

 

この旅行で心残りは、この「電車に乗る」ことが出来なかったこと。

正直に言うと、親友とならばそれが出来ると思い込んでいました。彼女が居れば安心してなんでも出来ると思っていたんです。結果的には彼女と一緒でもそれが出来なかった自分が情けなくなりました。

 

責められたわけでも、残念がられたわけでもありません。ただ、私に合わせて寄り添ってくれる親友。だからこそ無理だと感じたことを無理と正直に伝えられたんですけどね。

おそらく今、私が素直に「無理」と伝えられる存在は親友や幼馴染だけだと思います。家族にもこの「無理」がなかなか言えない私。

 

この旅行で「無理」が言える存在が居てくれて良かったということを再認識しました。

 

計画は断念したけれど、私にとってこの旅行はとてもいいリハビリになりました。

 

 

 

ひとつの時代が終わる瞬間 

旅行を終えて通常生活に戻りましたが、この週はなぜかそこまで天気が悪化していたわけでもないのにずっと車で出勤した夫。

私は、旅行の帰りに買い物をしただけでその週を乗り切ることになってしまいます。

 

外に出られない日々。

 

余計なことを余計なほど考えてしまう時間。

 

楽しかった旅行の後だからこそ、そのあとに迫っている「ひとつの時代が終わる瞬間」のことばかり考えてしまいました。

それが、「嵐としての活動終了」という現実。

 

今年の11月で27周年を迎えるはずだった嵐さん。それを待たずして5月末をもって活動が終了するという現実を自分でも驚くほど情緒不安定に受け止めきれずにいました。

 

それぞれ活躍しているメンバーだったので、おそらく6月以降もそれぞれの活躍を目に出来るということは分かっていても、やはり嵐5人として目にすることはなくなるのかと思うだけで、本当に自分でも処理しきれない感情に襲われていました。

ファンクラブに入会していたわけでもない、当然コンサートに行けたわけでもない。それなのに…です。

 

せっかく旅行で少しだけ自信を取り戻せたのに、再びメンタルが不安定になってしまう。

これが精神疾患の怖いところなのだと感じました。自分ではどうにもならない感情のコントロール。幸い、私の周りにはそんな状況を叱責する人はいません。でも世の中には、精神疾患に無理解な人もいます。

 

人から見たら大したことがないことでも本人にとっては本人が思っている以上にダメージを食らっている時もあります。私にとって嵐さんの活動終了はまさに自分が思っている以上にダメージを食らったことでした。

 

ラストソング【Five】のあと、嵐としての新曲はもう聴けないのだと思うだけで自分でもどうにもならない感情になってしまいました。

 

 

 

心の休憩場が心をかき乱す 

次回は、私にとって心を整える、休憩場のような場で心をかき乱すことが起こり、ほとんどその場に行けなくなっている…という話をしたいと思います。よろしければ引き続き不定期ではありますがお読みいただけたら嬉しいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

他人事ではなくなった病はこちらからお読みいただけます。