Wikipediaではスピリチュアルをこのように説明しています。
英語のスピリチュアル(英: spiritual)は、ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま[1]。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する[2]。キリシタン用語としては、ポルトガル語読みでスピリツアル、すぴりつあると表記される[1]。
霊的な意味合いが強いんですね。
私にとってスピリチュアルの基本は『愛』かなぁ
神さまって、どこにいると思いますか
え
神さまなんて信じてない
まぁ、そういう人はそれでもいいですが・・
私は神さまはいると思っています
特定の宗教の神様じゃないですよ。
私にとって神さまは、宇宙意識のようなものです。
自分の意識を
自分地球太陽系天の川銀河沢山の銀河が無限に拡がる宇宙全体
というように広げていくと、
そのすべてに神さまの意識を感じます。
神さまの意識は宇宙全体に万遍なく広がり、そのすべてを公平に愛してくださっていると感じます
宇宙全体に万遍なく広がっているということは、あなたの周りにも、あなたの中にも、神さまの愛の意識があります。
あなたの大切な人の中にも、あなたが顔も見たくないと思っている人の中にも、神さまの愛の意識があります。
あなたの大切な人は、あなたに愛を学ばせてくれる素晴らしい存在ですね
あなたの嫌っている人はどうですか
憎しみを学ばせてくれる存在なのでしょうか
愛だけの存在である神さまには憎むという感情はないでしょう。
私たちは、神さまの意識を忘れたからこそ憎む、嫌うという感情を持つことができるのだと思います。
あなたは何故その人を嫌っているのでしょう
本当は仲良くしたかったのに、あなたの望む好意を相手が示してくれなかったからかもしれません。
愛を示してくれなかったことの裏返しが憎しみなのかもしれません。
憎しみの奥底には愛を求める気持ちがあるのでしょう。
生理的に合わない人がいる、という方もいるでしょう。
理由もなく、どうしても受け入れられない人がいるかもしれません。
でも、あなたがどうしても受け入れられないその人も、誰かにとってはかけがえのない大切な人です。
『この人を大切に思っている人がいるんだなぁ』と思うと、少しだけその人を受け入れることができませんか
あなたか嫌っている人も、誰かにとっては大切な存在です。
あなたも、あなたの大切な人も、誰かにとっては嫌悪の対象かもしれません。
完璧な愛の存在である神さまには誰かを嫌ったり憎んだりすることはできないでしょう。
私たちは、神さまの愛の記憶を忘れて肉体に入り、神さまにはできない憎む・嫌うという経験をするのだと思います。
そして、いつか神さまのところに還ったとき、神さまに色んな経験を報告するのだと思います。
その時、憎しみや嫌悪の感情の根底に愛を求める気持ちがあったことに気付くのかもしれません。
辛い苦しい状況にある人は、
『神さまが愛してくれてるなら今すぐこの状況を解決して』
って思うかもしれません。
辛い苦しい状況は、大きな流れの中で必要な経験なのかもしれません。
あなたが自分を信じ切ることができず、外に答えを求めているために生じた状況なのかもしれません。
どんな状況のときも、神さまの愛に包まれていることを信じ切ることができれば、いつしか状況は好転していくでしょう。
私にとってスピリチュアルとは、神さまの愛を信じ切ることだと思います