「若き血と張る曲を書いてくれ!」(NHK朝ドラ「エール」5月18日放送より)

日本コロンブスレコードの専属作曲家となった

古山裕一だったが、なかなか曲がレコード会社に採用されない。

そんなとき、彼の友人からオファーが来た。

早稲田大学の応援歌を書いてくれないか、というものだった。

当時東京六大学野球でなんと早稲田は慶応に11連敗を喫していた。

慶応の応援歌は「若き血」だった。

この歌が慶応の応援歌になったときから慶応が勝ち出したのだ。

 

「若き血」は多くの人が一度聴けばすぐに曲を覚えてしまうほど

キャッチーなメロディの曲だった。

慶大は、勝ってるときも負けてるときもこの躍動感あふれる曲を

バックにフルの力を出して早稲田に向かってくる。

 

早稲田大応援部もこの曲をバックに攻撃を展開し、どんどん得点を

重ねる慶応打線に羨望の念を禁じえなかった。

「ウチにもこんな応援歌があったら、こんなに負けないのに。」

「何とかならないか。」と早大応援部の団長と部員たち。

 

「よし、ウチもウチの応援歌をつくろうじゃないか。

若き血と張るような新しい応援歌を!」と団長。

そしてすぐに歌詞を早稲田生から公募し、30作品が集まった。

この中から詩人で早稲田大の教授をしていた西城八十が

ある3年生が作った一作を選んだ。

 

それが「紺碧(こんぺき)の空」だった。

それを古山裕一に見せ、いよいよ古山裕一が作曲にトライしていく。

期限はわずか10日後。果たして14日後に迫った早慶戦に

間に合うように曲は出来上がるのだろうか。