いやしがおきるとき



何かを手放そう

何かを手放そう

と疲れているとき

私はこうあるべきという悟りみたいな目標を想定してしまっている

したがって
いけない私がそこにあり

私がのこるため

その私が周りを判断しつづけてしまう

そして
私はまた何かを手放していかなければ

とやっている

しかし

癒しがおこるとき

私はこうあるべき悟りがあると信じる

という構図じたいが

観念だとしることがおき

無努力がおきることになる

無努力なため

私も目標もない

私はもどらなければ

という私以前への目標もない

あるがまま

おきているすべてが包みこまれるような
癒しの状態

それが

癒しのナチュラルヒーリング

である