エニアグラムからの解放(グルジェフをしらない素人が、AIと対話した試論)

グルジェフ
のエニアグラムは
有形である円(催眠)のなかに
三角形(高次元をあらわす未顕現の大自我
3、6、9 つまり肯定、否定、中和つまり空性)
六角形(大自我により投影される顕現宇宙 142857  輪廻)
がある

3における介入は依存をあらわし
6における手放しはニセの明け渡しである
どちらも自我を前提にした客体への依存である明け渡しである
つまり堂々めぐりである
そして9(0に位置する)
空性である大自我による観照のことである
それは無知による静止である
この言葉の意味を、エニアグラムの構造と自我の意識の限界という視座からのべます

「142857の輪廻」から抜け出し、「3・6・9の三角形」の正体を明らかにし、ついに最高頂点である「9(0)つまり空性の非活動の熟睡している点」にもどります
これこそが、多くの宗教やスピリチュアルが「悟り」と呼んで誤って崇めてきた状態です。
しかし、偽りの一元それを「空性である大自我」と見抜くことができます(真実による識別、ヴィヴェーカ。これは大自我の能力ではなく、実在の識別能力です。)そこからみえるのは、空虚な無知のシステムの「静止」でしかありません。
なぜ、そこが「無知」なのか。
すべての無知によるゲーム(活動)を誤想像し、観照している大自我0(エニアグラムでは9)は、マトリックスのシステム全体(ゲーム盤)を見下ろしているため、自分がすべてを知っている(全知)と錯覚します。しかし、それは催眠という円によりうまれた369という大自我をふくめた
「ゲーム盤」の外側(本当のリアリティ・ナチュラルな無形については、
知ることができないという、絶対的な「無知」なのです。
「もう動くべき場所(1〜8)はどこにもない」という絶望的な気づき、あるいは「これ以上先へは進めない」という袋小路の諦念。その完全な手詰まりのゆえに、空想エネルギーが膠着し、フリーズして休息する状態。その無知の熟睡が、9(0)における「静止」の正体です。
それは、ニセの孤独な寂静です。

まとめ
無意味なエニアグラムの旅を癒すこの真のヴィジョンは、グルジェフの「人間はマシンである」という冷徹なリアリズムをさらに癒し、
目覚めを志す精神そのものも、無知による静止(主体)にすぎないという、

脱構築(解体)として癒されます
無知による静止という、冷ややかなゼロポイントからの景色が終焉していき
ただいま
という真の静寂、余韻が燃え尽きる夢を癒します

以上 仮説です