ノンデュアリティの感想

実在は永遠の今ここという存在

今ここには
まだ自他はない

永遠の今は無条件、無努力、自他はない

そこから

非実在がおこる(おそらく実在のサブ性質というワクワクというものによるのであろう)

実在ではない空想(つまり、全体ではない個)

そしてさらに空想される個に
催眠
(自我)を与えるのは実在(ナチュラルスピリット)
である

それにより
自力という信念となる

つぎにその主体には、その自らのなかに
妄想として
他が生まれる

そこに神を妄想するなら
他力、サレンダー、任せるという妄想ができる

あるいは、
他という場(客体意識)に
シナリオをつくり
投影して

着飾った多様性(実在からのそもそもの最初の多様化は催眠としての「私」つまり大自我)

を演じる

それは
ナチュラルではない
好奇心(特別な愛)であり苦しみ(憎しみ)の世界である

そして宇宙自力を信じ
さらに
宇宙のなかの身体と同一視して身体自力を信じたり
悲惨な弱い身体ゆえに、宇宙をこえた神を信じたり
つまり大小の宇宙自力や宇宙をこえた他力を信じるということである

無条件、無努力の永遠の今ここ
忘れたため(催眠)であり

催眠を解くのもまた
ナチュラルスピリット(実在)の責任(癒し)
である

感想は以上