ひとつ、ふたつ。 -80ページ目

無意識な否定感情を終わらせる。

お金が無い=ひとりぼっち
これは前の記事にも書いた。


うちはお父さんが稼ぐ人。
でもずっと家にいない。
朝は早く、夜は夜勤にも行くときがある。


お父さんが
不倫して居なくなりそうだった。
実際2年くらい居なかった。


喧嘩が絶えなかったから、
母も離婚して
出ていったらと思うと心配だった。


当時は喧嘩なんて
もう聞きたくないって思ってたから
お父さんがいないのはほっとしてたけど


やっぱり
誰もいなくなるのが怖かったんだな。


まだ幼い頃から
不安定な状態が続くって
恐ろしいことだよね。
当たり前。


怖くないと思わないんじゃなくて
怖いと認めたら
もうその場にいられなくなるから。


とくに私は怖がり。
安定を好む性格。それなら尚更だ。


そして最近はなくなったけど、
お母さんに
出ていけと言われていた。
あれはきっと私が言わせていた。


心の深いところで
私がいることで
両親を不幸にしているのかもしれない
罪悪感があった。


そして
私はいつかひとりぼっちになると
ずっと信じていたことに気づいた。


今もうっすらある。


それでも気がついたら
母から出ていけと脅されなくなった。


私は
ひとりぼっちにならないと決めた。
実際なったことは無い。
私の悪い妄想だった。


無意識ってすごい。
気づくってもっとすごい。


ぢんさんの言う「全任せ」

私これ

分からなかったんですよね〜

 

 

全任せ?はい?

迷惑じゃない?って。

 

 

でもこれ

後者的に見るとさ、

 

 

例えば「あいうえお」って書くのを

前者後者でペア組んでやるとするじゃない

 

 

そうすると後者は

「私”う”の途中の曲がり角までやるから!」

っていうんだよね。

 

 

いやいや、

そんな分かりにくいやり方されても困る

やりづらいわ

やるなら”う”まで全部書け

出来ないなら”い”まででやめてくれ

 

 

ってなっている。

 

 

でも後者は怒られないように

分かりやすく

「量をこなす」ことに必死になっちゃう。

 

 

また逆に「質を上げる」ことだけに

こだわっちゃったりとか…

 

 

とにか

くバランスを取ることが

難しいんだよね〜

 

 

でもさ、後者同士だと

奇跡的に繋がるじゃない?笑

だから途中までで引き継いでも困らないし

それが迷惑になっているなんて

これっぽっちも思わないんだよね。

 

 

だから「おっけー♥」って

気軽に引き受けて

失敗することも多々あるんだけど。

 

 

でも全然良いと思っている。

 

 

私の周りには

前者が多い。

アプリ積んでる人もいるけど、

今のところ皆前者アプリが

最適化されてスムーズに動いてるから

「あいうえお」全部やって!って

お願い出来ている。

 

 

そして私が途中まで手をつけるより

全然うまくいくし、最高のものが出来る。

しかも何より速いんだよね…

 

 

(漂う悲壮感笑)

 

 

でも全任せは愛だと気がついた。

頼られてる、信頼されてる、

そんな気がする。

皆私が出来ないことを知っていて

それでも任せてくれてる。

 

 

それってすごいこと。

 

 

全任せを基本スタンスにしたら

「今日は全部出来ないから”う”まで書いてね」が

すんなり受け入れられるようになった。

 

 

質やスピードは

何にも変わらないけど、

気持ちが楽。

そして前者の愛を感じる。

 

 

いや…ぢんさんほんとにすごい。

前者後者論が世の中に広まったら

ぢんさんはお札になれるのでは?

 

 

でもお札は笑顔じゃなくて

真顔じゃないといけないのかな?

 

 

ぢんさんの魅力って笑顔だよね〜

 

 

と、取り留めないことを書いてみる。

たまにはこんな感じでおしまい。

まりあさん、ぐりちゃん、美香さん。

最初に心屋でグっときたのは二条まりあさん。

お金持ち、美しい、強い。

当時ぼろぼろだった私に夢を見せてくれた。

憧れは今も消えない。

 

 

でも、深いところで

まりあさんのどこに惹かれたのか

ずっと分からなくて、ずっと気になっていた。

 

 

言いたいことをはっきり言うことろ?

かめはめ波の様なエネルギーの強さ?

お金があるところ?

だんな様に愛されているところ?

 

 

どれも正解のようで、そうでなかった。

最近分かったのだけど

どこまでも

自分の純度を上げていくそのひたむきさ。

自分の世界を誇りに思い、

それを寸分の狂い無く

表現することを諦めない姿勢。

妥協は許さない。それは自分に対する冒涜。

 

 

その想いの強さに、自分を見たのだと思う。

 

 

私はまりあさんの

私生活を知っているわけでは無いが

どんな状況にあろうとも「快」のフローに

乗り続けられるまりあさんは

いつまでも私の師匠。

一度しか会ったことが無いけど、

本当にお会い出来て良かった。

 

 

だけど1年前、

ストイックな自分に疲れていた。

自分の道を突き詰めようとする在り方を

誇りに思っていたのだけど

そんな自分を「怖い」と感じ、手放したかった。

今思えば

はりぼての自分で進もうとしたからなのだけど。

 

 

そんなときに出会ったのがぐりちゃんのブログ。

理屈抜きに心と体を緩めてくれた。

楽しむ姿を見せてくれた。

「ストイックに突き進むこと」と

「ただ楽しむこと」は

両立するのだと教えてくれた。

 

 

そして自分の中にずっと在った

「無邪気さ」に気がつかせてくれた人。

思考が優位になりすぎて辛いとき、

私はぐりちゃんのブログを読みたくなる。

今年こそ絶対に会うと決めているとっても大好きな人。

 

 

今とっても気になるのは鈴木美香さん。

美香さんはまだ出会ったばかりで

上手く言葉に出来るか分からないのだけど、

女性としても在り方を教えてくれた方。

 

 

今まで私はどんなに好きだと思うものを

自分という器に入れようとしても

演じているような気がして途中で苦しくなった。

「何かが違う。」そう感じてはいたものの、

その違和感の正体が分からず苦しかった。

 

 

だけど美香さんのブログを読んでいくうちに

演じていると思っていた自分が

本当の自分だったのだということに気がついた。

本当の自分を出すと

母にしっかりしなさい!と怒られてしまうから

怖くて何重にも鍵をつけて

心の奥にしまい込んでしまったようだ。

 

 

ありのままの

自分を出すことに恐怖心を持ってしまったこと。

それが分からなくて感情の波が大きすぎたこと。

自分の存在に価値を見い出せず、

私がすることは全て無駄だと感じていたこと。

 

 

でもそれでいい。許す。

どんなに欠けている様に見えて、今で完璧。

そう教えてくれた人。やっぱり今年会いたい人。

 

 

これがはっきり自覚出来た今、

自分のためにすることをは

やっぱり自分の価値を認めて、許すことだと思う。

どんなに迷い、揺れながらでもいい。

それが本来の自分に還るということ。

 

 

時間と愛情をかけることをいとわないで。

あなたにはそれが必要なのだから。

自分の心に何度もそう優しく伝え続けたい。

 

 

ストイックで、無邪気で、どこまでも女性である。

美しい存在であるということ。それが私。

 

 

迷い疲れたときにいつも休める場所を

どこまでも広くオープンにしてくれている心屋の皆様に感謝。

 

 

私は真面目なので

毎日の生活の中でつい心を緩めることを

忘れてしまう。

そんなとき、いつも思い出すのは心屋のこと。

 

 

きっと、拗ねが終わっても

趣味で続けていくんだろうな。

初めて信じるものが出来ました。

 

 

これからもお世話になります。

大好きです。