昨日アップした「これも、相性。?」にケジメを付ける気持ちでこの記事を書いてます。ドラマ「半分、青い。」の鈴愛は人気漫画家・秋風羽織に出逢ったことで己の人生に目覚めたのかな。秋風羽織は鈴愛の母にとってはトンデモナイ存在に思えたみたい。そりゃそうだよ、お世話になっている農協に不義理を働くような娘に育てた覚えはないだろうし、それなのに反抗的な態度をやめない鈴愛、母の怒りを誰もが理解すると思う。
これは学校の道徳の授業の恰好の材料になりそうだけど、鈴愛の人生を道徳の犠牲にしてしまってはいけないだろうな。それにしても鈴愛は生まれてからずうっと家族との良い関係を築いてきたと思う。だから家族の相性はいいように感じる。それなのに問題が起ってしまった。そうすると相性ってのは仲良しってだけでは決まるものでないのかな…。面白おかしく過ごせる関係は良いけど、道徳には真剣さが欠かせないのかも。
律の家族に私は真剣さを感じるけど、鈴愛の家族にはユルユルを感じる。私の家族もユルユルな関係で、私はユルユル感がだい好きなのです。しかしそれだけでは足りない何かがある気がする。それが真剣。真剣ばっかりだと皆疲れちゃうよね。だったら真剣さが見えないように気をつかうことになる。真剣で窮屈に思われたら敬遠されるでしょう。だからユルユルですませる関係を作ろうとしてきた鈴愛だったかもしれない。
私の「ビオ猫星」もこれまでずうっとユルユルの方針でやってきた。ユルユルでも美味く、上手く育つ作物はある。その作物を「猫星やさい」とするツモリ。そしてこれから猫星やさいを真剣に厳しく育てたいと、私はそう思っている。真剣も好いけど、ユルユルも好いけど、順番があると思う。律の家庭は真剣からスタートしたとして、鈴愛の家庭はユルユルからスタートしたとして、どちらが私好みかというと鈴愛の環境が好きだな。
これは私の好みであって、安定した人生を送れるとしたら律の育った環境かも知れない。最後に、人と人の相性は大事で、人と環境の相性も大事で、野菜と土、野菜と水、野菜と虫、そして私との相性も大事だよって野菜にも虫にも土や水にも話し掛けている近ごろのチャーちゃんなんです。こんなことを思えるようになれたのは私にいろいろ教えてくださった皆さまや関係者の「おかげ」と感謝もできるようになったみたい。
いつもありがとうございますね。(^-^;