「hiroちゃんは、考え方が非常に歪んでいる。」
と、心理学科の大学院を出ている友人に言われる。
そして、
「そのような思考にならざるを得なかった、幼少期があったから、そうなっている。」
とも言っていた。
ふむふむ。
私は、非常に過酷な家庭環境で育ったらしい。
私の普通は、どうやら、全く普通ではないらしい。
幼い頃から
家族関係のバランスを、必死で取ろうとしてきたhiroちゃん。
あらゆるものをスポンジのように吸収して、緊迫を避けようと、緩衝材になってきたhiroちゃん。
人の顔色が無意識に気になっていて
少しでも怪訝そうであれば
どうにかこうにか、和らげたくて
無意識に、相手の喜ぶようなことを言ったりする。
人に嫌われるのが怖い。
相手からの評価がすごい気になるから
ちょっとでも、嫌われてる?と感じたら
自分から距離をとって
心を閉ざして離れる。
傷が浅いうちに。
人といて疲れる。
それで、いいじゃない。
何かのご縁で、私は自分の幼少期を、そのように過ごしたんだもの。
hiroちゃんは、hiroちゃんだよ。
人間関係につまづいてるhiroちゃん。
思考がとっても歪んでいるhiroちゃん。
生きづらかったりもするんだけど、もう、「頑張って」修正しなくても、いいじゃない。
川に映る陽の光を、いつまでも眺めているhiroちゃん。
皮のついたサトイモを、シュロのたわしで洗うことに喜びを感じるhiroちゃん。
母親の痛みを半分にしてあげたい優しい優しいhiroちゃん。
手作りの塩麹がお腹の中に入っていって、身体の隅々まで元気にしてくれるイメージをして笑うhiroちゃん。
わたしは、感受性がとてもとても豊かで
いろいろ、ものすごい偏っていて
寂しがり屋で
甘えん坊なのに、甘えたいってなかなか言えなくて
こっち見てほしいから、素直じゃない態度をとったりする。
きっと、とっても面倒くさいって、一般的には言われちゃうのかもしれないけど
それでいいじゃない。
ずっと、自分を受け入れられなくて
たくさんの学びや
自分を変える努力をしてきた。
とてもタメになった学びの数々。
ありがとう。
そして、学んでも変わらない部分や
変わりたくても、なかなか、思うようにいかない部分を
それでもいいじゃない、って
受け入れられる自分にたどり着く。
心理学的に、どうとか、
それは違うよとか、
あるのかもしれないけれど、
私のハートは
それでいいじゃない、って言っている。
今日は、そんな気持ち。