6月10日のNHKラジオ深夜便の3時台は作曲家中村八大の特集でした。1992年のこの日に亡くなりました(61歳。1931-1992)。翌年の同じ日には猪俣公章が亡くなりました(55歳。1938-1993)。6月10日は時の記念日であり、国立西洋美術館の開館日(1959年6月10日)でもあります。
中村八大は優秀で人気のあるジャズピアニストでしたが、リサイタルに失敗し(たと思い)、かつていっしょにバンドを結成していた渡辺晋(ワタナべプロダクション)に仕事をもらいに行ったそうです。そこにいた東宝の人に映画の音楽を明日までに10曲作ることを課せられて途方に暮れて歩いてところ、前を歩いていた早大で2歳後輩の永六輔に声をかけ、二人で一晩に曲を作って認められ、音楽監督になったそうです。これがハチロクコンビの誕生で、昭和30年代に素晴らしい歌を世に出しました。
とくに、NHKのバラエティ番組「夢であいましょう」の「今月のうた」のコーナーでは二人で多くの名曲を誕生させました。坂本九の「上を向いて歩こう」は全米チャートビルボード3週連続1位の世界的大ヒットになりました。水原弘の「黒い花びら」は第1回レコード大賞を受賞しました。ジェリー藤尾の「遠くへ行きたい」は日本テレビの「遠くへ行きたい」のテーマ曲となり長年使われました。番組のテーマ曲の坂本スミ子の「夢であいましょう」も実にいい歌です。
西田佐知子の「初めての街で」は菊正宗酒造のコマーシャルソングで1975年から使われているそうです。私にとっては、それを聞けば酒を飲みたくなるという条件反射を起こさせる歌です。水原弘の「黄昏のビギン」も好きです。
私にとっては聴くとなぜか恥ずかしくなる万国博覧会のテーマソング、三波春夫の「世界の国からこんにちは」も、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」もこの二人です。
60年代に入ると、中村八大は歌謡曲から離れて交響曲などを作るようになります。中村八大は詩とメロディーを大切に、上を向こう、希望を抱こう、という前向きの歌を作った印象があります。
坂本九の「見あげてごらん夜の星を」もハチロクコンビだと思っていましたが、作詞は永六輔、作曲はいずみたくでした。いずみたく(本名は今泉隆雄)は中村八大と同じ年に62歳で亡くなりました(1930-1992)。
いずみたくは永六輔と「女ひとり」「いい湯だな」「筑波山麓合唱団」などデューク・エイセスの「にほんのうた」シリーズを作っています。
また、佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」(第11回日本レコード大賞)、ピンキーとキラーズの「恋の季節」、由紀さおりの「夜明けのスキャット」、沢たまきの「ベッドで煙草を吸わないで」、さらに「手のひらを太陽に」などの童謡やCMソングも作曲しています。
いずみたくは昭和30年代後半から活躍し、40年代にはレコードレーベルを開設したり、いずみたくシンガーズを結成したり、さらには多数のミュージカルを手がけました。さらには第二院クラブから参議院選挙に出馬して落選、青島幸夫の辞職により繰り上げ当選となり参議院議員にもなりました。
夏の夜には「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」を聞きたくなります。