おまけのお話 ~突然の訪問者~

ある日、生徒会室でいつもと同じように天藤君とお茶をしていた時のこと、その子は突然やってきた。

「ようちゃ~ん」

生徒会室の扉が勢いよく開き、女の子が飛び込んできた。天藤君は引きつった表情を浮かべ、急いで持っていたコーヒーを置いた。女の子は天藤君に抱きついて満面の笑みを浮かべた。

「お前……どうしてここに来た?」

「どうしてって……ようちゃんの事が好きだからに決まってるでしょ」

ハートマークが目に見えるようなラブラブ具合。それにしてもこの子は誰だろうと思っていると、女の子が私に気付いた。

「ようちゃん、こいつ誰?」

私を指差して天藤君に尋ねる。

「こいつとか言うな。生徒会役員の遠野あかりさんだよ。遠野さん、こいつはゆうき」

ゆうきちゃんは私を睨みつけて言った。

「ふぅん……彼女?」

私は紅茶を吹き出しそうになった。隣では、私の相棒のテディベアが同じようにミルクを吹き出しそうになっていた。天藤君は困り顔で私を見て答えた。

「違う……彼女じゃない」

「へぇ、そうなんだぁ」

ゆうきちゃんはニヤニヤしながら天藤君を小突いた。天藤君は顔を真っ赤にして俯く。

「あの、ゆうきちゃん……?」

私はおずおずと話しかけた。すると、天藤君とゆうきちゃんは私を見て、きょとんとした顔をした。

「あの、遠野さん……」

天藤君は言いにくそうに口をもごもごさせ、代わりにゆうきちゃんが口を開いた。

「遠野さん、俺男だよ?」

ゆうきちゃん改め、ゆうき君は衝撃爆弾発言をした。ダイナマイト級の破壊力だ。

「え、女の子じゃないの?」

「うん、俺男。まぁ、確かに女子に見えるかもなぁ。天藤洋太の双子の弟の天藤祐樹です。よろしく、遠野さん」

そう言って悪戯を成功させた子供のように笑った。そういえば似ている。双子と言うなら納得だ。

「洋太に悪い虫が付かないように、頑張ってきたけど……遠野さんなら安心だな。洋太を頼みます」

頼まれてしまったら断れないのが、私の悲しい性。私はよく考えずに返事をした。

「はい、任せてください」

――アカリノ、ウワキモノ!

相棒のテディベアが何か言っているけれど、私にはよくわからない。天藤君は顔を真っ赤にして俯いていた。そして、勇気を振り絞って天藤君は告白した。

「僕は遠野さんの事が好きなんだ」

「うん。私も好き」

私は笑顔で答えたけれど、天藤君が言っている「好き」と私が思っていた「好き」は種類が違うことを私は後で知った。でも、これはこれであることだし、私はとても幸せだ。

――アカリハ、ニブスギル。

相棒の文句は聞き流しておくことにしよう。私の全てを認めてくれる彼を、私は好きになった。

―END―

「遠野。ちょっと来てくれ」

私は放課後先生に呼ばれた。

「生徒会の件……本当に入ってくれるんだよな?」

「はい」

「よし、じゃあ顔合わせに行こう」

そう言うと先生は私を生徒会室に案内した。生徒会室は相変わらず、独特な匂いがした。昨日と同じ不思議な空間、一つ違うのはその空間に男の子が一人居るということ。

「遠野、こいつは生徒会の天藤だ。仲良くしてくれ。天藤よろしく頼むぞ」

「はい。よろしくお願いします。遠野さん」

彼は右手を差し出した。私も慌てて挨拶をして、握手をした。しかし、疑問に思うことが一つある。

「あの……ほかの生徒会の方は?」

すると、先生の笑顔が引きつった気がした。天藤君は無表情のまま私に残酷な事実を告げた。

「居ないよ。僕と君だけだ」

「……」

絶句。吃驚だった。先生は取り繕うように、笑顔を張り付けて言った。

「大丈夫。他にも入ってくるはずだ」

「それは……四月だったら可能性はあるかもしれません。でも……今は十月です」

私は冷静に分析した結果を淡々と先生に告げた。先生の表情はさらに引きつり、あとは二人で……とかなんとかもごもごと私たちに告げて去って行った。正しくは逃げて行った。天藤君はそれに構わず、部屋の奥に消えていった。

「コーヒーと紅茶、どっち?」

奥の方から湯気と共に微かな声が聞こえた。

「紅茶!」

しばらくすると、両手にカップを持った天藤君が奥から出てきた。彼は私に紅茶の入ったカップを渡し、自分のコーヒーを飲み始めた。

「そこ、座っていいよ」

彼は私の近くの椅子を指しそう言った。私は言われたとおりに椅子に座ってカップを両手で包み込むように持ち、少しずつ飲んだ。天藤君は私とあまり背の変わらない小柄な人だった。前髪は少し長めで、愁いを帯びた瞳を隠していた。瞳は吸い込まれそうな暗い深海のような色だった。とにかく不思議な人という第一印象。 荷物で半分隠れた窓から西日が差していた。

「あ、私そろそろ帰るね」

急いで身支度をする私を彼は呼びとめ、不思議な色の瞳でじっと見つめ「明日も放課後待っているから」と言った。その瞳がいつまでも頭から離れなかった。そして、私は誘われるように生徒会室に通うことになった。

***

天藤君はとても優秀な人のようだった。だからこそ、今まで一人でやって来れたのだろう。仕事のない暇なときは、部屋の奥に籠って絵を描いていた。上手いのにもったいないと言うと「美術部がないから」と言って笑っていた。ある日の放課後、遠野君はいつもと同じようにコーヒーと紅茶を入れ、紅茶を私に渡した。

「遠野さん。君は人を信じる人かい?」

「……いきなりだね」

唐突の質問に私は驚いた。天藤君はじっと私を見つめて聞いた。言い逃れはできないだろう。

「君は良い子なのだろう?」

私は声を詰まらせた。心の中に黒い塊が落ちた。

「私……は…」

「君は何に囚われているんだ?」

――ヤメテ!

声が聞こえた。すると、この前のテディベアの形をした黒いものが私の前に現れた。前より少し大きくなっていた。天藤君には聞こえていないようだったけれど、黒いものが居る場所を指差した。

「そこ。何か居るね」

天藤君は黒いものに意識を集中させているようだった。

「やっと見えるようになった。君は誰?」

――ボクハ、アカリカラウマレタ。ボクハ、アカリヲマモル!

「そうか。君は負の感情の塊か」

驚いたことに天藤君は黒いものと会話をしていた。

「ねぇ……天藤君。それ何?」

「これは君だよ」

天藤君も黒いものと同じことを言った。

「私……?」

「正しくは君の負の感情の塊だ。恐らく、君は無意識のうちに自分が崩壊しないように負の感情を切り離したんだ。いろいろな重圧に耐えるために。そして、切り離された負の感情は自我を持った。まぁ、推測に過ぎないけどね」

「天藤君、何を言っているの…?」

「気付いているはずさ。君が一番ね。こいつの事を知っているだろう?」

その一言で、私は遠い記憶を思い出した。私がまだ物心もついていなかった頃から私のそばには、いつもぬいぐるみが居た。それは、亡くなったおばあちゃんがくれたテディベアだった。そう、目の前にいる黒い塊のようなテディベア。私はそれをとても大切にしていた。悲しいとき寂しいときはそれを抱きしめて泣いた。いつも一緒だった。しかし、いつだったか私はそのテディベアを失ってしまったのだ。その事を私は今まで忘れていた。私

藤君見て……若干睨みつけて言った。

――は黒いものを抱きしめて泣いた。この子はずっと今まで、私と一緒に居たんだ。

――アカリ、ナイテイルノ?

「大丈夫よ。ありがとう」

――ダイスキダヨ。アカリ。

黒いものは次第に私が幼いころに持っていたテディベアに戻っていった。

「天藤君、あなたは何者なの……?」

「僕はただの生徒会執行部役員だよ。君は頑張りすぎだ。肩の力を抜くと良い」

不思議な瞳の彼は笑った。私の中の黒いドロドロとした塊が消えたわけではないけれど、私は前を向いて生きていけそうだ。別に良い子じゃなくても良い。悲しいときに泣いて、楽しいときに笑える人になろう。誰に何を言われたって私は私だ。テディベアをぎゅっと抱きしめた。

――アカリ、クルシイヨ。

どうやら私の相棒は喋れるようになったらしい。

――オマエ、アカリハボクノダカラナ?

テディベアは天藤君を睨みつけて言った。天藤君は不敵な笑みを浮かべる。

「望むところだ。僕が勝つさ」

―END―

空はもう黒に変わろうとしていた。坂道を下りブランコの揺れる公園を横切りしばらくすると家に着く。家ではお母さんが夕飯の支度をしていた。今日はどうやらカレーのようだ。お父さんも帰ってきて、三人で食事を始めた。

「あかり、テストはどうだった?」

「まあまあだったよ」

「将来は医者だからな。お父さんの後を継ぐんだぞ」

お父さんはそう息巻いた。私は医者になんてなりたくはない。将来の夢なんて決まってないけれど、医者になるというのは私の意志ではない。お父さんの意志だ。

「あかりは偉いものね。成績優秀で真面目で責任感のある良い子ですって、この前先生に褒められたのよ」

「……」

「学校ではうまくいっているの?」

「うん、今日先生に頼まれて生徒会にも入ることになった」

「あら、生徒会? すごいわね。」

「引き受けた以上は頑張りなさい。でも勉強に支障の出ないようにしろよ。お父さんは満点以外認めないぞ」

「……はい」

私は操り人形のように振る舞う。それは私じゃないと心のどこかで叫びながら。カレーは辛かった。スパイスの香りを体にまとわりつかせながら食事を終えた。重すぎる重圧は私の中の塊を大きくしていった。

***

大きな黒いドロドロした塊を私はずっと飲み込んで隠してきた。二階に上がると見慣れた殺風景な部屋が私を迎えてくれた。

――ネェ、ダイジョウブ?

声が聞こえた気がした。

「誰?」

馬鹿馬鹿しいと思いながらも、誰も居ない部屋に呼びかけた。すると、ベッドの陰の黒い塊が蠢いた。私は驚いて声も出なかった。黒い塊はふわふわと漂いながら形を作った。それはテディベアのような形をしていた。

――ダイジョウブ?

その黒いものは可愛らしく首を傾げて、私に再び尋ねた。私は悲鳴を上げそうになるのを抑え、それに聞いた。

「あなたは何?」

――ボクハ、キミダヨ?

「あなたが私?」

私は混乱した。この黒いものは何なのか、まったく見当もつかない。

――ボクハ、キミカラウマレタンダ。キミノ、ココロノナカカラウマレタンダ。

黒いものは私に応えるようにそう言った。私から生まれた?いったいどうして? 分からないことだらけだ。

――ボクハ、キミナンダ。

そういって黒いものは私の前から消えた。黒いものが消えた辺りを探したが何の痕跡もなかった。私は動揺しながらもいつもと同じようにお風呂に入って勉強をして寝た。さっきの出来事が夢であることを願いながら。

***

「おはよう。あかりちゃん」

「……おはよう」

昨日私のことを話していたクラスメイトは、何もなかったかのように私に話しかけてきた。

「今日さ、放課後遊びに行かない?」

「ごめん。今日用事があって……」

「そっかぁ、残念」

本当にそう思っているの? 私は人を信じられない。今に始まったことじゃない。そう自分に言い聞かせた。いじめられたことがないという訳ではない。黒いどろどろとした塊は私の中に巣食って行った。

――ダイジョウブ?

そう声が聞こえた。大丈夫な訳ないじゃない。私は言い返した。