神一如一つになして禅と坐す大いなる禅と坐れば全て吾れ禅一字全とは読みて和とかえる禅とはただ禅であり、その示される対象と一つになる事、禅の一字はそれを教えている。偏の示は、神をあらわし、その大いなる命(真理)と単、ひとつになる事、一つなる事を悟るのが本体の教えなのである。そして分別して、全てに示される存在とも一つになって坐るのが禅なのである。その大いなる禅と悟り坐れば、全てが一体化して自らの命へとかえるところにゆくのである。禅は即ち全にして全一元、そうして全てと大調和してゆく、禅の一字はそれを教えてくれるのである。太陽の法嗣大日天光子合掌