真実の宗教とは5 | 太陽王法の会


『真実の宗教とは 5』


『宗』は太陽宇宙の屋根の下の全てを示しているなり。

そして、この地球の天の屋根の内にして示す全てを『宗』と言うのである!

されば『宗』とはこの世界の一切を示して、そこにある全ての道の教え、真理の教えを『教』と言うのである。

人にはこれが誰も理解できないのである。

『宗即全・全即宗』

この宗を知る事がその教えに気づき覚め、悟る事である。

されば、宗の内にして示す、心と、命と命の道を知る事が宗の肝心なのである!

その大本の中心である太陽の光と開きて、すべての闇を払いて、その無知無明を気づかしめ、光と生まれ帰す!

その教えこそ宗の肝心の教えである。

されば天の屋根の下にして内なる世界に示さる真理真実の道を悟り、その教えを釈し説くのがその大切な道にして、『教』と言うのである。

その天の屋根の内に『示す』とはなにか、大きくは一切である!

『示』とはこれ神をあらわすのである!

『神』と言う文字をよく見なさい!

『示し申す』と教えているのある。

真理を示し、道を示し、心を示し、命と命の道を示し、天地大自然の中に秘める命のあるべき相を示し、そこと覚め悟りゆく法と示し、真理真実の世界と生まれゆく道を教えているのである。

天地大自然と一切に道の教えはあり、この世界に教え無きところはないと教え示しているのである。

『示』とは もともと、神霊を招き降ろす祭壇を描いた象形文字にして、そこに神意が示されるところから、『示』と意と表すのである。

その示はネ辺とも表し、『礼・禮』『社』『祀る』『祈る』『祇』『祝う』『祖』『祠』『祟る』『秘める』『祓う』『祭』『福』『禍』『禅』『禊』等々と示すを辺として表し、その意と示し、禊とは神と契約し契る事を教え、福とは神と一つの心として生きて得る道を教えているのである。

祭りとは荘厳した神を祀りて一つになって楽しみ祝う姿を示し、ゆえに御輿として神を担ぎ、喜んで楽しむのである!

よいかな全てには神がおり、教えがある事を知る事である。

『宗』は大いなる神を示し、そこに表された教えも、秘められた秘密の教えも、全て神が与えくれた命の教え、真実の命と気づき覚めさせ、悟りへと開かしめ、生まれ帰す教えの世界である。

その大本の中心である一なる神を知らずして、大いなる一義教、無上最上義、一神一乗の教えは理解できず釈し説く事はできないのである。

ゆえに自分達の組織の拡大ばかり考え、差別、対立する宗教は今だ道の真実を知らず、実と成す宗教にあらずと言うのである。

その者達は『宗』の一字の意味も
読めない今だ、無知無明の世界と知る事である。

それゆえ、自らをメシア、救世主だの、仏陀だの、神だの名乗りて人々をたぶらかし、誤たしている組織は みな今だ真理真実の道を知らない世界と教えるのである。

ましてや、金をして奉仕だの、報謝だの、布施だのとやたら言って金欲に溺れて、人々をたぶらかし、誤つ道と落とし、苦しみを与えている偽宗教には決して騙されてはならない!

神は金で救いを売ることなどないのであるから、騙されて道と命を誤またせ地獄の門と落ちる愚かは去りなさい!

貴方達の命の内にこそ神が宿しているのであるから。

それを神性とも仏性とも教えているを知る事なり!

ゆえにその心の扉、命の庫を開きなさいと言うのである。

そこに成る神秘なる世界を知れば、真理を知り、真の悟り世界が理解できるなり、仏陀はそこと実と開き至りて悟りを自らのものとして、そこから智慧を修して真の命と生まれたのである。

人々よ、ゆえに私の全ての教えをまず修し学びなさいと言うのである。

そこにおいて汝等は命の道を得て真実の神を知り、命を得ると教えるなり。


太陽の法嗣

大日 天光子

合掌