『大魔王もまた修道の師なり!』
法体修道と現じ来る大魔王すなわち、我の命これを鍛えて生み作るに、鍛治屋の槌これなり。
この槌よく命と打ちて、我の心命の一剣これを打つなり。
しかるに、我そこにおいてその金剛の剣、不動大慧と生みゆくなり。
すなわち、魔王、大魔王現じて、我を打てば打つほど、我はまたそこより、強くなるとは申するなり。
大魔王よ、魔軍大軍とひきいて、長き年月、我これを責めるも、我にとっては、ただ命の師とはなりゆくなり。
我の命、金剛の剣の如くして、そこに打ちて打たれば、更に堅固不壊とはなりゆくなり。
されば魔軍は、我を磨きて輝かす、鍛えの友と変わるなり。
すなわち、これありて我よく、修道実の智見磨きて、仏陀、神々、実と至ると申すなり。
我を、仏陀と生み成し、神と昇華なさんとなすに、我はそこに申して、ただありがたきかな、修道の師にして道の友とは申するなり。
しかるに我、そこにありて、これを讃えて大魔王こそ、よく仏陀を生む、甚妙の大尊なると申すなり。
因果正道の中においてよく道を見る者は、みなただ、命を命とかえし、生みなさんとなす!
道とはこれを知りゆくなり。
ゆえに、そこにおいて、なんの畏れのあらずなり。
本性一剣正道と磨けば、ただただ、我の一命光となると申すなり。
太陽の法嗣
大日 天光子
合掌