戦争は大悪道なるを証す! | 太陽王法の会

『戦争は大悪道なるを証す!』


私は戦争をして
この上ない大悪道と言うのである。

もし宗教家が
このような当たり前を知らず
申せぬならば
その者達はみな真の宗教者に非ずと知る事である。

キリスト教にも
ユダヤ教にも
イスラ一ムにおいても十戒の教えのあるを知る事である。

ヒンズゥ教においてもその戒はそれぞれおかれるのであり、ましてや仏教者においては、
十善戒、
十悪道の教えをそこに示すのである。

十悪道とは
殺生、
偸盗、
邪婬、
妄語、
綺語、
悪口、
両舌、
貪欲、
瞋恚、
愚痴(邪見)
これを示すのである。

十戒、
十善戒とはゆえに、不殺生、
不偸盗、
不邪婬、(身の戒)

不妄語、
不綺語、
不悪口、
不両舌、(口の戒)

不貪欲、
不瞋恚、
不邪見、(意の戒)これを示すのであり、真の十戒とはこれをこそ言うのである。

されば戦争とは
大殺生の悪道
大悪道にして
大偸盗の大悪道これである。

何千、
何万、
何十万人と
殺しゆく戦争
殺しあいの戦争は、大悪道なるは当然な事である。

一度に
何十万の命を殺傷し何百万の命を傷つける核兵器などを
つくったり
もちいるのは
その悪中の大悪、
大悪道たるは当然な事である。

戦争は国を盗み、
家を盗み、
土地を盗み、
財を盗み、
物を盗み、
ありとあらゆる強奪と大偸盗を働くゆえにこれまた、大悪道と言うのである。

しかるに
婦女子を犯し
大邪婬も
そこに横行し、
妄語と綺語と悪口と両舌(二枚舌)とが満ちあふれ
狂気と化した
その姿はみなみな、大悪道と言うのである。

全ての心は
権欲、
財欲、
物欲、
色欲、
名誉欲、
支配欲等々の大欲につかまりて
その貪りの心は大とそこに溢れて
はたまた飢えと苦しみの餓鬼の世界を、現出してゆくに
その大貪欲を生みゆく戦争は悪中の悪、大悪道と言うのである。

また瞋恚の心、
怒りの心は天下に満ちあふれて
その修羅争乱の相、対立争乱、
戦乱の相はまさしくこの大瞋恚にして、これも大悪道と言うのである。

その全ての姿は
愚かにして痴かの姿ゆえに大愚痴の相にして畜生と化した、その邪見はまた大悪道の姿と示すのである。

すなわち戦争とは、大殺生、
大偸盗、
大邪婬、
大妄語、
大綺語、
大悪口、
大両舌、
大貪欲、
大瞋恚、
大邪見、
これの全てを現出する事にして
悪中の悪、
大悪の中の大悪、
これに優りた悪は無いのである。

どんな言い訳
どんな綺麗事
どんな大義名文を
並べても
大悪道を脱けるものでは無いのである。

されば
ユダヤ教の人々、
キリスト教の人々、イスラ一ムの人々、ヒンズゥ教の人々、シ一ク教の人々
神道、
神教全ての人々
仏教全ての人々においてこれをなすならば全て神と仏と天に反する行為をなしゆく事となりゆくのである。

ましてやそこの
牧師教導師や
僧侶、
神官、
道者聖者たる者が戦争を認めるならば、その者達はこの当たり前の道さえ見えない盲者となりゆくなり。

そこの指導者が
聖戦などと申して
民、人々を
戦争に駆り立てるならば全て神に矢を射る者にして
神を冒涜する者と言えるのである。

その者達が
神の子と言い
仏の子と言い
人々をたぶらかして自己の権欲を満たさんとなすならば
天上天下の大悪人、天下第一の神への冒涜者とは言うのである。

宗教家ならばこれ位当たり前に命に読めと言うのである。

宗教の信徒にして
真の命を生きる者達ならば、このような道理は当たり前に命に読めと言うのである。

ゆえに
私は大音声をもって戦争とは悪中の悪、大悪道と言うのである。

そこの神、
仏が十戒、
十善戒を示して戦争を許しさせると言うならば
私はその神、
仏と言おうが
大迷大愚の大馬鹿者と大音声で叱るのであるから、よくとこの心を聞く事である。

そんな無智にして大愚なる神や仏は絶対いないと知る事である。

この事実こそ
正しく気づき
早く覚めよと教えるのである。


太陽の法嗣

大日天光子

合掌

「人々よ、戦争のもたらす全てをよく見てよく考えなさい!そしてその無智より早く脱けなさい。」