『千の道も一道!』
衆生よ!
友よ!
ここに百の道があるとする。
汝達は、
どの道を選び
どの道をたどろうと正しくゆくならば、それでよいのである。
そのゆきつくところにおいては、
ただ一つの地点にたどり着くのであるから。
友よ!
ここに千の道があるとする。
汝等は、
どの道を選び
どの道をたどろうと、一歩一歩たゆみなくゆくならばそれでよいのである。
その
ゆきつくところにおいては、
千の道もまた、
ただ一つの地点に、たどり着くのであるから。
友よ!
宗教とはこのようなものであり、道である。
汝等が異なった道をゆこうが
正しくゆけば一つの道である。
それは汝等の目において、異なって見えているにすぎないのであるから。
「不完全なる人間によって伝えられた宗教は、どの宗教も今だ不完全である。
即ち、今だ途上の道にあるからである。全ての宗教は、一と帰りて、全てが一と気づかずして、それは極まる事がないからである。」
全ての宗教に
諸々の真実があるとは言え
それが分断し
対立している以上、みな途上にして
不完全なるものにすぎないのである。
ただ一を真実知る者においてのみ
それは完成を見る事ができるのである。
この一とは
全てであり、
完全なるただの一を言う事は、
申すまでもない事なのである。
太陽の法嗣
大日天光子
合掌