お久しぶりです。

 

私は、3月20日~4月28日まで

解離性障害などで入院していて、

退院してからも本調子ではなく、

積極的に動ける日と、寝たきりの日の繰り返しです。

 

 

そんな中でも気になっていたことは、

やはり、

「私は本当にクリスチャンなのだろうか?」。

 

私はアルコール依存症の相互援助グループ(AA)に

通っていて、

そこに出てくる「霊的体験」だとか、

「ハイヤーパワー(神)」という意味はよく実感できて、

石ころでも宇宙でもミーティングでもいいから

人の力を超えた大きな力を信仰する、

ということが大事だと思っています。

 

そして、たまたま私はクリスチャンで、

みことばや賛美が好きなので、

キリスト教の教会に行っていたのだと思います。

 

それが、クリスチャンの方に

「イエス様以外は信じてはいけない」

と言われると、

なんだか、不自然に感じるのです。

 

クリスチャンでない信仰をもっている人は

AAに来てはいけないのでしょうか?

母や祖父母が眠る日蓮宗のお坊様たちも

とても良い方々です。

 

いまの牧師と合わないのかと思い、

他の教会に行ってみたりもしたし、

都内の大きな集会で合唱に参加してみたり、

ゴスペルの体験もしてみたりしましたが、

どうも、どこも遠くて、

私一人では通えません。

 

 

教会にほとんど行かなくなって数年たち、

悩み続けてきましたが、

 

とうとう先日、

教会に電話をして、

「不在会員にしてください」

と言いました。

 

月例献金(会費のような)を払わず

奉仕もしない立場です。

礼拝に行けなくなった人が、よくそういう立場に

なります。

 

 

そして、私はAAのサービスで、

まだ苦しんでいる仲間のための活動を

もっとしようと思うし、

12ステッププログラムでの信仰は、

お酒の問題だけでなく

生きていくすべての問題に役に立つと思っています。

 

とはいえ、聖書のみことばや祈りは好きなので

同じような境遇の仲間と

分かち合っていきたいと思います。

 

お世話になっているクリスチャンの方には

少し申し訳ないと思うのですが・・・

 

 

神さまは信じています。

「無教会主義」の方と、ツイッターでつながったりもしています。

内村鑑三の本を読もうかと思っています。

でも、

今現在の私は、AAでいうところのハイヤーパワーが

一番しっくりきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、私が小学校1年生から大学生くらいまで

通っていた、

日本基督教団「市川三本松教会」の

100周年記念誌が

送られてきました。

 

 

 

 

素晴らしい濃い内容で、

大正4年からの写真がたくさんあり、

<ハンナ会>(若い母親の会)の写真の中には

母の写真が、見つかりました。

 

長い歴史も詳しく記載されており、

さまざまな視点からの資料があり、

資料をおさめたCD-ROMまで

付いています。

 

この編纂作業がいかにたいへんだったか

頭が下がります。

本当に素晴らしい出来栄えです。

 

そして、もう会員ではなくなった

(他の教会に移った)私にまで

郵送していただけたことに

感謝です。

 

 

住んでいる町内で、

日本基督教団で、

オルガン奉仕をさせてもらえるところ、

というような気持ちで

所属教会を変更してしまいましたが、

 

今となってみると、

三本松教会のほうが良かったな・・・

素晴らしい牧師夫妻に恵まれているし。 

という、

わがままも顔を出したりしてしまいます。

 

 

でも、今の教会が

どんどん出席者が減ってきて

奉仕できる人も足りなくなってきて

(私はほとんど行っていないので奉仕できない)

若い牧師夫妻がそれでもがんばっておられるのを

考えると、

 

微々たる金額ではありますが、

たまに月齢献金をお渡しに行きたいし、

いつか、また

オルガンを弾きたいし、

 

なぜ今の教会だと具合が悪くなるのか

わからないけれど、

そこには祈りと黙祷があるわけで。

 

わがままを言っている場合ではないと

思います。

 

 

それと、

毎年この時期は病状が悪化して

入院しているのですが

今年はなぜかそんなにひどくなくて

2月いっぱいまで

日曜日は

仕事やら自助グループのサービス活動で

埋まっており、

 

礼拝には行けないけれど

神さまのお力を感じています。

 

 

私が子どもの頃を過ごした

「市川三本松教会」の

記念誌を読みながら、

じっくりと

あの頃の

自分を

 

思い出したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*長男の大学に行ったときのおみやげ。クロスのストラップなど。

 

 

 

 

 

今日は日曜日。

 

キリスト教会では、主日礼拝がおこなわれる曜日。

 

でも、私は今日も行けないのです。

というか、

 

行かないことを選択した。。。

 

 

今日は昼に家を出て、

夕方から夜まで

知り合いのミュージシャンやパフォーマーの

イベントがあるので

そちらを優先。

 

 

だいたい、日曜日は、

イベントやライブやセミナーが多いです。

 

そして、私は、

そちらを、礼拝よりも優先してしまいます。

 

体調が悪いときも、休んでしまいます。

 

 

教会には、

たまに「月例献金」を支払いに行く程度。

 

そして、牧師の説教の途中で飽きてしまうことが

ほとんど。

 

教会を変えようと何度も思いましたが

まだまだ、いろいろ行ってみないと

わかりません。

 

ペンテコステ派は、ちょっと苦手だし。

 

 

 

 

それでもね・・・

 

やっぱり、

「自分はクリスチャン」

という気持ちは、

あるのですよ。

 

 

讃美も好きだし、

オルガン曲もよく弾くし、

スマホで読める「ディボーションガイド」を

インストールしたり、

キリスト教書店が好きだったり。

 

 

実は、今年は、

元旦そうそう、

何度も剥離骨折している左足首をひねって

外で転んだり、

実家からの帰りの運転中に

後ろの車から追突されたり、

 

ひどい年明けだったのですが、

 

きっと、

「今年は慎重にいきましょう」

という、メッセージかと。

 

 

毎年、

冬に持病がひどくなって

入院するのですが、

 

今年は、息子の大事な時なので

なんとか入院せずにすませたい。

 

まあ、無理はしないつもりですが。

 

入院する病院の近くに

カトリック教会もあるし。

(私は日本キリスト教団ですが)

 

お祈りしようと思えば、

どこでもできますし。

 

 

教会に行けなくても、

奉仕を率先してできなくても、

 

クリスチャンだと名乗って

良いのだと、思っています。

 

今年もボチボチといきます。

 

 

 

 

 

 

 

ヨハネの第一の手紙 4:11

 

愛する者たちよ。

神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、

わたしたちも互に愛し合うべきである。

 

 

----

 

今、2018年初めてのデイケアに来ています。

今年は、元旦から、左足首をひねって転んだり、

夫の運転中、車の後ろから追突されたり、

解離しそうになってお風呂場で立てなくなったり、

いろいろありましたが、

 

「愛されている」

「愛されて生きてきた」

 

ということを、忘れずに

 

新しい1年を過ごしていきたいと思います。

 

宜しくお願いいたします。

 

 

 

何年も前にも、聖書通読で登録したことがあるのですが、

続かなくて、

 

最近は、いろいろな短期コースができたようなので、

始めてみました。

 

私が始めた読書プランは、

 

「いつまでも幸せに」

https://www.bible.com/ja/moments

 

 

 

 

今日のみことばは、

ペテロの第一の手紙 5:10

あなたがたをキリストにある永遠の栄光に招き入れて下さったあふるる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなたがたをいやし、強め、力づけ、不動のものとして下さるであろう。

 

 

このアプリなら、

スマホで読めるし、

他にもいろいろな読書プランがあるので

毎日、聖書に触れられると思います。

 

(*^^)v

 

 

 

 

昨日は、久しぶりに主日礼拝に出られました。

 

月例献金袋を見たら、8月から払っていなくて、

バッグに隣町の教会に行った時の夏のイベントのチラシがあったので

夏から教会に行っていなかったのですね。

 

昨日は、子どもたちの「祝福式」(七五三の代わりのようなもの)

があって、

数人の子どもたちが来ていました。

 

説教は、以前はいつも途中で具合が悪くなって

最後まで聞けずに帰っていたのですが、

昨日は礼拝の最後までいられました。

 

 

 

で、夫に「どこの教会にするの?」と聞かれましたが、

他の宗派も含め、

礼拝に参加してみないと、どこが合うかわからないし、

なにしろ、遠いところは一人で通えないし、

正直いって、ピアノやバンドで激しく賛美するペンテコステ派より

オルガンで静かに祈る、今の日本基督教団のほうがいいし・・・

 

それに、

今の教会は、どんどん出席者が足りなくなっていて、

オルガン奏楽者も足りなくなって、

なんと来週は「ヒムプレイヤー」(機械)を伴奏に使うらしいのです。

 

「奏楽者に復帰したい」という思いはわきましたが、

睡眠休息や、バンド練習、自助グループのセミナーなど

日曜日に教会に行けないことが多いので、

基本の「礼拝出席」ができない状態で

奏楽をしたいとは、とても言えません。

 

 

と、いろいろ思い巡らせていましたら、

 

ツイッターで、知り合いのホーリネス教団の教会に通っている仲間から

「リビングプレイズのこの曲の音源を知っている人はいませんか?」

と流れてきました。

 

リビングプレイズは、現代版の賛美歌のようなもので

私の教会では一切使いませんが、

似たようなものを、

お世話になっている元牧師婦人の家で弾いたことがあるので

「楽譜をスキャンして送ってくれれば、

 弾いてYoutubeに上げますよ」

と返信しました。

 

で、今日はデイケアは休んで、

朝から元牧師夫人の会堂で一緒に楽譜を探したのですが、

「ミクタム」のプレイズ&ワーシップの楽譜はたくさんあったのですが

リビングプレイズは、ありませんでした。

 

 

 

今私は、ライブに向けて、練習しなければならない曲がたくさんあるし、

キャパオーバーでデイケアを休んだりしているけれど、

むずかしい曲ではなさそうなので、

ちゃんとした楽譜さえ入手できれば

弾き語りできると思います。

 

綺麗にスキャンできて、私の手元に送られてくるかどうか、

それを弾き語りして、うまく撮影できるかどうか、

そしてそれを、パソコンにうまく移動させて

アップロードできるかどうか、

 

すべては、神さまにおまかせしようと思います。

 

 

 

今日、月曜日は、夕方に訪問看護師が来る日なので、

それまで、

ピアノの練習をしたり、

その様子をネット配信したり、

ゆっくり休みながら、

仲間から楽譜が送られてくるかどうかを

待とうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イエスはこのことを最初のしるしとしてガリラヤのカナで行い、

 ご自分の栄光を現された。

 それで、弟子たちはイエスを信じた。」

    (ヨハネ 2:11)

 

 

あなたの信仰は表面的で華やかですか。

それとも、素朴で真実なものですか。

 

 

イエスが最初の奇跡を行われた場所は

エルサレムやナザレではなく、

素朴な”カナ”という村でした。

すべての面で純粋で単純な動機を持ってください。

そうすれば、他の人への意思伝達が容易となり、

良い影響力を及ぼすことができます。

 

信仰はパフォーマンスや可視的なものであってはなりません。

イエスのように、素朴で暖かい愛の関係において

完全に献身する信仰でなくてはなりません。

 

イエスの最初の奇跡のようにです。

 

 

 

---「幸せな朝」 ハ・ヨンジョ 著

 

 

 

私はめったに教会に行けなくなってしまったけれど、

信仰は純粋に持ち続けたい。

 

そのことで、お酒もやめ続けられて、

他の問題も解決していくのだと思う。

 

 

 

 

 

 

「朝のうちにシナイ山に登って、山の頂でわたしの前に立ちなさい。」

 

             (出エジプト 34・2)

 

あなたとだけ。

生まれたての自然の神秘的な暗がりと

荘厳な静けさの中で。

あなたとだけ。

息を切らした賛嘆と

朝の静かなしずくと新鮮さの中で。

 

 

----------「荒野の泉 第Ⅱ編」 カウマン夫人 著

 

 

デボーションを朝にやるかたが多いのには、

意味があるんですね。

 

私もまた、始めよう。

 

 

 

 

 

何年も前から、たびたび書いているように、

所属教会のことで悩んでいます。

 

私は、今の教会で奉仕がしたくて、

(特にオルガン奉仕)

そのためにも、と、

実家のほうの、小学校1年生から大学まで通っていた

母教会から、転会したのですが、

 

ここ何年か、一人では通えなくなり、

行っても具合悪くなったりして、

説教の内容も頭に入らなくて、

オルガン奏楽も、婦人会も、

引き受けられなくなっています。

 

それで今日、

近隣のキリスト教会を調べた中から、

同じ日本基督教団の、隣町の教会に

車で連れていってもらいました。

 

何年か前に、ユーオーディアのクラリネット演奏会が開かれて

聴きにいったことがあって、

訪れるのは2回目なのですが、

主日礼拝は、初めて。

 

その教会は、女性の牧師先生で、

お話もわかりやすく、

また、小さいながら、古い足鍵盤付きのパイプオルガンがあって

驚きました。

 

そして、讃美歌は、ご高齢の教会員が多くて

新しい曲になじむのが大変だということで、

「讃美歌21」ではなく、

昔ながらの「讃美歌」を使っていました。

懐かしかったです。

 

礼拝終了後、牧師先生といろいろお話できて、

バーベキューなどの催しに誘っていただきました。

幼稚園の中にある教会なので、

園庭でバーベキューをするそうです。

 

他にも、旅行に行ったり、ステンドグラスを作ったり、

楽しいことをいろいろなさっているそうです。

とても気になりました。

 

でも・・・

 

私の所属教会も、だんだんと高齢者化してきていて

人数は少なくなる一方だし、

幼稚園など経営していないので、

運営は苦しそうだし、

奏楽者も足りていないし、

 

なんとなく、責任感と自己嫌悪を感じてしまうのです。

 

 

気楽に・・・

いろいろな教会に、行ってみようかな、

と思います。

無教会でもいいし・・・

 

聖書とお祈りと賛美だけは

家でもできるので、

身近においておいて。

 

 

 

---オマケ。

 

教会の帰りに寄った、台湾料理やさん。

 

 

---オマケのおまけ。

 

私の、履歴・実績・病歴・ブログ一覧、などは、
https://sayakakozakai.wixsite.com/sayaka-web

に、全部書いてあります(^^♪
 

 

 

今日、久しぶりに礼拝に行く気持ちになりました。

 

何年も、一人で礼拝に行けなくなって、

オルガン奏楽や婦人会もできなくなって、

久しいので

 

「この教会は、私に本当に合っているのだろうか?」

 

と思ってきていて、

もう一度、行ってみることにしました。

 

 

ところが、不可解なことが。

 

礼拝が始まる前奏のオルガンが終わっても

牧師が現れなかったのです。

 

司会者が、困惑して、牧師夫人に聞きに行き

(夫人は受付で何か用事をしていた)

そのまま続けるようにとのことで、

礼拝は始まり、

讃美歌も、聖書も、祈りも、献金も終わって、

いよいよ説教、というときに

牧師がいらっしゃいました。

 

牧師も病気を持っているので

具合が悪かったのかもしれませんし、

教会員との間でなにかあったのかもしれませんが

こんなことは、長い教会生活で初めてです。

 

説教の中身も、頭に入ってこなくて

「長いな・・・」と感じてしまいました。

 

来週は、牧師が不在で、他の無所属牧師が来るので

お話を聞きに行ってみてもよいのですが。

 

 

やっぱり教会を変えようかな。

または、これまでどおり、

籍を置いておいて、月例献金だけ時々払いに行って

ふだんはネットや自助グループの仲間と

祈りあっていこうかな。

 

 

Facebookでお知り合いになり、お世話になっている

クリスチャンアーティストの方がいて

近くの町にお住まいなので、

その方の教会はどうか、お聞きしてみようかな。

どうせ、夫に車で送ってもらわないと

一人では行けないので

少しくらい遠くても同じなので。

 

 

・・・教会の看板の写真を撮ってきたのですが

内容的に、載せるのはやめておきます。