私は何年か前から、礼拝中に過呼吸になったり解離して倒れたりするようになったので、
怖くて教会に行けなくなりました。
自転車も危ないので、だんなに車で付き添ってもらって、
たまに献金を支払いに行く程度になっていました。
そこで今日は工夫して、子ども向けのお話だけきいて献金をしたら、退出することにしました。
うまくいきました。
こんな感じで、無理なくつながっていきたいと思います。
また、今月末に大規模なゴスペルのコンサートに誘われたので
神様のパワーをいただいてこようと思っています。
診察が終わり、先生とよく相談して、
迷っていた結果が決まりました。
やはり、神様にお預けして、よかったです。
詳しくは、こちらに書きましたので、
関心をもっていただける方は、どうぞ。
↓ ↓
【凛として優しく】
http://plaza.rakuten.co.jp/lsfanursery/diary/201606090001/
今日、再入院する日を予約しに、病院に行きます。
ただ、ここにきて、ずっと迷っています。
6月末から7月中旬まで、
大事な親戚の用事、
ゴスペルのワークショップや仲間の発表会、
通っていた施設の感謝の集い、
昔からの仲間が出版する本を使ったセミナー、
自助グループの大事な会議、
私の断酒7年のお祝い、
などなど・・・
とにかく、忙しいのです。
それと、先日、
解離したまま電車に乗って、
亡くなったママを探そうとして大騒ぎになったので、
入院しても、外出禁止になりそうです。
売店がない病院なので、それはきつい。
訪問看護師さんが、
就労支援センターと、保健センターと、役場に
問い合わせてくれて、
昼間の行き場を探してくれようとしています。
そのほうがいいかもしれないし・・・
迷っています、迷っています、
自分では決められません。
神様におまかせします。
よろしくお願いします。
今日は、大事なイースター。
クリスマスイブ礼拝以来、久しぶりに礼拝に出ることができました。
1月8日から3月12日まで、入院していましたので。
聖餐式もあったので、行けてよかったです。
夫につれていってもらい、ありがたかったです。
愛餐会もあったのですが、人が多いと疲れるし、
クリスチャンではない夫がひいていたので、
やめて、いつものインド料理屋に行きました。
帰宅したら、
長男が彼女のために、釜たまうどんを製作中だったので、
見ていた彼女の手に、卵を乗せてみました。
家の玄関先のたくさんの鉢、お世話をぜんぜんしていないのに、
今、ムスカリと水仙が咲いています。
どこもかしこも、春ですね。
Facebookでお知り合いになり、ぐうぜん隣町にお住まいの
クリスチャンアーティスト、ちほこさんから、
私の入院中に、プレゼントを私の教会の牧師に託してくださいました。
ちほこさんも、いろいろ忙しくて大変なときでしょうに
積極的に奉仕活動をなさっています。
CDをきかせていただいたら、
ピアノを弾き、自作の歌を歌い、
神様が近くなるようでした。
パソコンに取り込み、ウォークマンで聴けるようにしました。
ちほこさん、本当にありがとうございます。
私もそろそろ、ピアノとキーボードに手をつけようかな。
1月8日の入院前から、しばらく鍵盤に手をつける気になれず、
ずっと具合が悪かったし、
退院後の今もだるいのですが、
なにかしないとね・・・
神さまのお歌をたくさん、聞く機会に恵まれました。
感謝します。
アーメン。
すると、突然この天使に天の大群が加わり、
神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。」
(ルカ2章13ー14)
今日が本当のクリスマスです。
御心に適う人、というのは、イエスさまをさしますが、
私たち罪人も、許され、イエスさまのようになることができる、
という意味も含まれているそうです。
聖書を読むとき、いろいろな人が同じ場面を書いていますが、
ルカによる福音書の、この降誕の場面は
特に美しいと感じます。
1年は、クリスマスから始まる感じです。
新しい1年は、さてどうなるのでしょうか。
神さまを信じて、ゆだねて、おまかせしていくしかありませんね。
今日はクリスマスイヴ。
忙しい一日です。
4つも用事がある。
昨日も解離したので、なんとか無事にこなそうと、工夫を考えています。
大極拳の発表会・・・
自転車で行くのが怖いので、行きは迎えにきてもらうことにした、
帰りは役場に寄るので歩き。
役場・・・
次男が引っ越すので、だんなの印鑑証明書とり。
お薬手帳も保険証も診察券も持った。
賛美と祈りの会・・・
解離をなんどもしたことがあるお世話になっている方のお宅なので、
なにかあっても安心。
自傷欲求があるので、カッターが目に付くところにないといいな。
教会のイブ礼拝・・・
行きはタクシーを使う。
途中で具合悪くなったら、母子室に入る。
帰りはだんなに迎えにきてもらう。
解離はこれでなんとかなるだろう。
急に倒れなければ。
あとは、ボーダーが出ないことを祈るばかり。
壁に腕や頭を打ち付けたり、物を投げたり、壊したり・・・
しないといいな。
わざとじゃないから、不安。
神さま、今日一日、お守りください。
この清い日に、
神さまの真意をお聞かせください。
あなたがたの会った試練はみな
人の知らないようなものではありません。
神は真実な方ですから、あなたがたを
耐えることのできないような試練に会わせるようなことは
ありません。
むしろ、耐えることのできるように、
試練とともに、脱出の道も
備えてくださいます。
(コリントⅠ10章13節)
このみことばは、Facebookで繋がってくださった
母教会の教会員の兄弟から送られたものです。
私の試練は、厳しくて、
自分ではどうしたらいいのか、わからないまま、
とにかく思いつくことを努力し続けています。
時には折れそうになり、
それが解離や暴れになってしまうこともあります。
断酒を続けることが非常に困難に思えるときもあります。
でも、このみことばを読み噛み締めていると、
必ず、脱出の方法もあると、思えてきますね。
信じるものがある者は強い。
そう信じて、今日一日をまた、過ごしていきたいと思います。
この方にあって私たちは、
その血による贖い、
罪の赦しを受けています。
(エペソ1章7節)
毎週の礼拝で(毎週は行っていませんが)、
「罪の告白」というのがあります。
司会者が話をして、それから黙想。
私は罪深いので、なんだか隣に座っている夫に
申し訳ない気が、いつもして、
居心地が悪いです。
でも、罪はイエスさまによって、赦されています。
だからいい、というわけではなくて、
いつまでも自己憐憫にひたっていず、
前を向いて正しい生活を送ろう、ということだと理解しています。
私が一人で教会にいくと具合が悪くなるようになって
2年はたちます。
原因はわからないのですが、
オルガン奏楽もずっとおやすみさせてもらっています。
練習のために教会に平日行くのも、つらくなってきたので。
母教会の牧師に相談したら、
無理しなくていい、と言ってくださいました。
今の教会の牧師も、ときどき訪問してくださいます。
そして、ときどき夫が同席してくれて行くようになってから、
けっこうたちます。
夫はノンクリスチャンで、無宗教なので、
礼拝に出て賛美をしているのを見ると、うれしくなります。
神さまの配慮かもしれません。
教会に行けなくても、クリスチャンでありたいと思います。
先日のセレブレーションオブラブで、たくさんのクリスチャンの集会を見て、
そして一緒にコーラスをして、
思いました。
こんなに、同じ信仰をもった人たちがたくさんいるんだって。
病気をもっている人も、たくさんいるんだって。
教会は、もしかしたら、変えるかもしれません。
焦らずに、行ける範囲で、
何箇所か行ってみようと思います。
でも、どこにいっても、
どの宗派でも、
それから、依存症の自助グループでも、
信仰を大事にしていれば、きっと良いはず。
神さま、今日も一日、無事に生きることができるよう
お守りください。
酒を飲まずに、薬を飲みすぎずに、自傷せずに、
人に迷惑をかけることなく。
そして、多くの病気を抱えた方と、その援助職の方を
お守りください。
すべての方のうえに、祝福を。
ハレルヤ、アーメン。










