世界のカジノ情勢に疎かったころの私は、「カジノといえばラスベガスかオーストラリア、それにモナコ」程度の知識しか持ち合わせていなかった。
K氏と六本木の飲み屋で知り合ったのは、90年代だっただろうか。
彼から、マカオのカジノ訪問客だどんどん伸びているという話を聞いた。
マカオは香港はからフェリーに乗れば1時間足らずで着くため、羽田空港から片道6時間もあれば行くことができる。
ラスベガスやオーストラリアに出かけることを思えば、アクセスはかなり容易だ。
かってマカオは、街角でマフィヤが撃ち合いをしていたりとかなり治安が悪かったと聞いたことがある。
そんな物騒なところへは行きたくないな・・・・・と思っていたものの、
政府主導の浄化作戦によって治安は格段に良くなったという。
カジノも監視カメラを設置するなど不正行為を厳しく取り締まっているため、イカサマによってぼったくられる心配もない。
そんな飲み屋話をきっかけに、K氏の案内で03年ころから時々マカオに遊びにいくようになった。
始めてマカオに行ったときには、種銭300万円は全部スッてしまった。
当時はカジノでカネをかりてまで勝負するという発想が無かったため、300万円のマイナスでおとなしく帰国している。
2回目にマカオで2泊3日の勝負をした時には、やはり種銭の100万円を失ってしまった。
このときに初めてジャンケッとを通じてカネを借りるシステムを知り、
借りた500万円を新たな種銭としてリベンジを期した。
その500万円もゼロになってしまおうかという終盤、最後の30分で軌跡が起きた。
それまではちびちびと小さく勝負を重ねていたわけだが、帰国の時間がいよいよ迫ってきた。
内心ビクビクしつつも、「えい、最後に100万円を全部賭けてしまえ!」
私は思い切った勝負に出た。そこから一気に600万円以上を盛り返し、500万円の借金をその場で返した
だけでなく、元の種銭100万円めで取り返すことができたのだ。
こういうミラクルがあるから、人間はカジノにやみつきになってしまうのだろう。
ラスベガスにもカジノホテルを構える「Wynn・ウイン」が06年にマカオに進出してからは、年に2~3回マカオに出かけるようになった、
200~300万円の種銭をポケットに突っ込み、ゴージャスな「ウイン・マカオ」のカジノで勝負するのがたまの息抜き兼楽しみになっていた。
07年6月に大王製紙の社長に就任してからおうおそ1年後、マカオでの勝負の仕方が徐々にエスカレートしていった。
ただ、K氏がマカオでジャンケットの資格を取得したことが、転落の大きなきっかけになったことはたしかだっだ。
井川意高氏著 「溶ける」 より

