トランプ大統領が石油が無ければアメリカから買えばよい。と言っていたが、4月1日のプアーな演説の後ガソリン価格が全米平均で1ガロン(約3.8リットル)あたり4ドル(円レートで600円)を突破した。日本で換算すると1リットルあたり157円程度となっている。イラン戦争前より約1ドルの上昇だ。理由はイラン戦争の出口が全く見えないことによる供給のひっ迫にあるのだが、そうは言ってもアメリカは産油国なのだ?
ちなみに1バレル110ドルで日本が購入する原油1リットルは約110円を超えている。政府の補助がなければガソリンは1リットルあたり税込価格200円は超えてしまう。
アメリカが世界一位の産油国になったのは2017年にさかのぼる。原油は軽質油で輸送機器の燃料に使われる成分を多く含んでる。産油国なのに影響を受けるのはその精製設備(石油プラント)にある。殆んどが1970年代までに建設された重質油に適応した精製設備となっている。つまりアメリカで採掘した原油に粘土の高い重質油を混ぜなければ石油プラントを稼働させられない。石油プラントを新設すればよいのだが、そこは自由貿易でカバーしてきた訳だ。その供給源がカナダやメキシコの重質油であった。トランプ関税でカナダの重質油がストップしたのでベネズエラに手をだしたという訳だ。
ベネズエラの原油の多くはタールのような粘土が高い油になる。そのままではタンカーでは運搬できない。以前は自国で精製プラントを稼働させて輸出していたが、その精製プラントはチャベツ政権の共食い政策によって閉鎖に追い込まれた。そこでベネズエラは原油を出荷する為にイランの原油をブレンドして輸出するようになった訳だ。
アメリカのベネズエラ侵攻は、石油経済という視点から双方の利害が一致した。アメリカの軽質油をベネズエラに出荷してブレンドすることで、世界一の埋蔵量をほこるベネズエラの原油をアメリカがコントロールすることになる。原油の輸出がほぼストップしていたベネズエラ経済にとってアメリカへの依存はマイナスではなかった。
アメリカは世界一位の産油国だ。産油国へと復活したのは高コストの採掘技術になる。シェールオイルの採掘には2000年当時1バレルあたり約70ドル(円レートで9000円=1リッターあたり約50円)以下となるとコスト割れとなった。当時の原油相場は1バレルあたり25~30ドル程度。当時、シェールオイルの採掘は懐疑的であったのだが、2003年のイラク戦争を契機に原油価格は上昇し2005年からは採算ラインの相場をつけるようになった。原油価格の高騰がなければアメリカは産油国にはならなかった。2022年のウクライナ戦争という新たなエネルギー危機が生じ原油価格は再び高止まりする。戦争経済はシェールオイルにとっての呼び水といえるかもしれない。原油の高価格が続けばシェールオイルの採掘は持続できる。