同級生だった。
友達の友達 そんな距離
同じクラスになったことはない
不良中学生 福原くん
チビで 声がでかくて
一年生の やんちゃチビから
気がつけば
血気盛んな オッサン不良になっていた。
ちょっぴり極道の アブナイかほりがしそうな勢い
エスカレートしていった。
不良が 目一杯 不良アピール?していた時代
ワルイ奴らだった。
1クラスに 一人か二人くらい いるかいないかの密度だが
当時の先生達は あからさまに戦い 対処していた。
奴等のおかげで 当時地元では
「今のN中の三年生はワルい
」 なんて名誉ある噂しかし 普通のはずの私達は呑気で無邪気で
自分達は普通に中学生活を おくれていたつもりだった。
特別ガラの悪い学校 という感じでもなく
突出した不良達がいたから、誤解されてしまったんやね~
と、…
だからといって 彼等を排除したり
特別うとましく 煙たく思った記憶があまりない…
多分 私が…だけかもしれないけど
現状を素直に受け止めるっていうより
自分の世界で精一杯
それだけでよかったのかもしれない
悪く言えば、自分の世界観だけが守られていたら それでよかった。
しかし…今思い起こせば たいがいやわ

教室のガラス たまに割れてたり 廊下の壁にはスプレーアートが少々

今夜グラウンドでY中と決闘するだの…なんて噂も
私達は気楽に流すも 先生方は地元警察と連携して夜勤とか、してはったんかもしれない…
あの頃
駅前ロータリーや商店街
どこにも活発な 人の往来があった。
だけど ここ数年
農地や中小企業の敷地の売却が 相次ぎ
マンション建設などが進み 人口は増加気味のはず
元々のどかな住宅地が大半
都会から程よい距離
なのに 地元商店街は寂れる一方
地元小売店でお買い物 あまりしなくなったのかな?ネットとか通販とか…
昔ながらの店が 継承者が続かなかったり 高齢化や不況やらで どんどん店じまい
かなり 人が丸くなったオヤジの駅から近い 昔からの本屋
いつの間にかマッサージ屋さん
気がつけば ガラス張りの不動産屋 コンビニ
どこも同じような町になってきた。
つまんない…
その、つまんなくなる前の
ある時代
駅近くの本屋が盛況の時代
感じの悪いオヤジが、元気に生き生きと感じ悪かった時期
オヤジにしたら ほんのひとコマ ひとときの時代かもしれないけど
町の 駅前ロータリーや国道なんかを
福原くん達は プカ
プカ
ギャーギャー
凱旋アピールにいそしみ時折町を、とても賑やかにしていた。
地元警察の少年課 非常に忙しい ある意味活気のある時代だったのかも。
重ねて言うが 私は多分普通の中学生 だ。
が なぜか 仲よしになった女子Hさん
すっげぇ 不良だった。
たしか… 二年生の時かな?
多感な少女は 一年間で 服装はどんどん不良加速化
お化粧なんかも派手になり

ミシンでちゃんと器用に 制服を自分でリフォーム
しまいには 無邪気なオバチャンみたいな感じに変貌する。
末期の頃には あまり教室で会わなかったし
自然に離れていったわけだが…
え… 私?
リフォームしなかったス
だって 趣味じゃなかったし
ジュリーのほうが 命やったし
彼らの遊び場所に行ったわけでもなく
ただ 彼女んちに 1~2回 お泊まりしたかな?
どんな会話をして 接点があったのか 今では記憶も定かではない。
無邪気だった。
なんか 波長が合ってお互いに楽だった。
私はHさんの不良度なんか どうでもよかったし
彼女も 素の少女 を たまに出せて 楽だったんかなぁ…
なんて 今は思う。
親とのすれ違い
もどかしさ
うちだって自営業
のほほんとした家庭ではないし
少女の心は揺れていたけど
この、ヒリヒリとした環境の中で
母は生来の「のほほん」を
カリカリしながらも全く失わなかったのだから
彼女の「のほほん」は、筋金入り
最後の砦だったのかもしれない。
たまに、ひとときでも
解放感で満たされ、はじけた時間をプレゼントされたら
大好きなコンチネンタルタンゴのLPレコードをかけては
子供達を引っ張り、無理やりダンスに付き合わせ
ブレンダ.リーを聴いては、そんな自分に切なく浸り…
やはり そんな母の影響が大きかったんだろうと思う。
Hさん達の不良少女の世界
たまに 面白そうやん…と
チラ見しても 摘まみ食いすらしない
どこかに頑固さのある少女だった。
趣味じゃないってのが一番だが
一学期に 隣の席
Hさんのペンケースの消しゴムを借りたら
マジックで 『 処女 』 って書いて カッターナイフかなんかで 浮き彫りにしてる。
ナニこれ? って聞いても 多分大した答えはなかっただろう。
でっかい消しゴムは インパクトがあったが
正直、この手の話に疎くて鈍感だった私は
軽いジョークとしてそれなりに受け止めた。
多分三学期くらいかな
久しぶりに 近くの席
消しゴムを 今度は私が貸した。 「あの 消しゴムは?」
と 訊いたら
「ガハハ
そんなもん とっくに捨てたわ
」 私は 普通に 物質的に 捨てた と その時に解釈していたようだが
やはり どっか引っかかってたんでしょう。記憶しているということは
どっちの 捨てた? かは それこそ今はどっちでもいいけど
Hさんがたむろしていた輩の中に 福原くんも時々いた。
彼女の家にいたら、遭遇したことがあったような
一度くらい 会話を交わしてたかどうかすらも 覚えてないが…
さて 三年生になって 修学旅行は静岡でした。
幾度か 福原くんとかの家に先生達は(決して単独行動はとらない)訪れ
多分 数回の 停学処分か登校拒否か どっちか判別つかない、彼ら数人のワル中ガキ生に
修学旅行での 行いについて ご両親を交えて 交渉していた模様。
乗車予定の新幹線
は 勿論車両ごと貸し切りです。 で… 多分 予約終了後に判明したのでしょう。
同じ新幹線に 京都の とある中学校が乗らはるそうな…と
それが…! 非常~に ワルいらしい
先生達 慌てた。
「地元では こんなん言われてるけど… お前らなんて ほんまはカワイイもんよ!
」 体育館での説明会の時に 先生は ポロリと本音
皆の笑いを誘いました。
頼むから 向こうの車輛には 行かんといてくれ
ここで 何かあったら 完全に旅行がストップする。
目も 合わすな 絶対に関わるな!
連結部付近には、若いオトコ先生達が陣取ってバリケード
いったい…
どんな学校なんでしょう 興味津々
で… それを約束出来ないなら 旅行は欠席してくれ
と家庭訪問しに行きはったんどすな…
数人で…奴等は 行きたかったんどすな
やっぱり…
ええ 到着ホームにて 交差しました。
向こうのガキども ガン飛ばしまくり
悪ガキ率 負けた
そして 気になる福原くん達は…
エラかったよ
堂々と 知らんぷり先生達の 安堵感が こちらまできたね~
あの時の嬉しそうな先生達の様子に、なんか私もホッとして ちょっと嬉しかったのを覚えてます。
頼むから もう 学校には来んといてくれ
と 先生方に言われたこともある 福原くん達
その中の一人に ペンキ屋の息子 二谷くんという子がいました。
ちょっと大人で なんかシブイ子でした。
彼と 福原くんは 高校に進学しません。
卒業まで 秒読み という
ある日の放課後
家業を手伝うという 板についた ブロの作業服姿の二谷くんを筆頭に
ワルい中学生どもが 5~6人
大きな白いペンキの缶を 運び入れてきました。
自分達が主に汚した廊下の白壁
自分達で 綺麗に塗り替えるというのです…
な、な、 ナニ事
目をパチクリして 作業の様子を見ていた私達の背後に
先生達の 満面の笑顔

二谷くん 上手です。
仲間に指示して 野次馬に目もくれず
ただ 黙々と… 黙々と
講習を受けたんでしょうか
福原くんも なんだか慣れてきたよう
みんな 黙々と…
大嫌いな 隣のクラスの先生も 見たことのないような 嬉しそうな笑顔。
先生方の 本音だけの あまりに嬉しそうな様子を見て
照れ笑いを隠しながら 少年達の刷毛さばきはリズムを崩すことなく
ただ、黙々と…

ええなぁ
なんて ええシーンや
二谷くん達の 最後に見せたカッコ良さに 私はいたく感動
友達のOちゃん
自分達が汚したんやし 当然やん!とドライなお言葉
…確かに!
でも みんないい表情してるやん…
こんなに先生達も 苦労が報われた感いっぱいで 嬉しそうやもん…
廊下の壁 ピカピカ
ワルい三年生が やっと卒業して
肩の荷がおりた(あまりインパクトない)校長先生
この出来事を とても嬉しそうに卒業式でも語られた…
もう あんまり誉めすぎたら 照れちゃって
このコら 居づらくなるやん
って 心配は取り越し苦労
彼らが いたって爽やかに 照れくさそうにヨソを向いているのを
私は意地悪く 盗み見した。
ペンキ屋の息子二谷くんとは 一年生のとき 同じクラスだった。
好きな洋画の話でウマが合い カセットテープの貸し借りをしたことがある。
どっか 影がある なんか気になるコだったな…
さて 無事に卒業


一足先に 社会人になった福原くん
彼とは 三年後
意外な処で再会する…
~(2)へ つづく
のだ







でっか
のなかの一説
ほおー
そうなんやぁー」 
