おはようございます、落武者です。

 

かなり前ですが、落武者と妻の会津若松への婚前^^;旅行について書きました。

親しくなってから(意味深w)は、毎年1回はどこかしらへは行っていたはず。

記憶も曖昧なのですが、福島の会津方面2回、岩手の平泉方面2回だったかな。(曖昧w)

当時はスマホなんてありませんでしたし、カメラも持っていなかったので記録なんてありません。

今考えると安物で良いから、カメラを持っていれば良かったですね。

でも、そんな金銭的な余裕も無かったしなぁ(^^;;

 

今朝は、そんなH旅行の平泉編www

行った年は覚えていませんが、GW中に行ったのには間違いありません。

使用した自動車はこれね↓

 

行程は、1日目:一関の厳美渓→達谷窟→平泉の毛越寺→衣川館(源義経最期の地)→中尊寺→宿泊

2日目:猊鼻渓舟下り→鍾乳洞(多分幽玄洞)→帰宅

こんな感じだったはずです。

回った順番と鍾乳洞の名称は曖昧ですが、場所に間違いはありません。

 

一番思い出に残っているのは、毛越寺です。

寺院そのものは、正直なんてぇ事はありませんでしたが(^^;;、池に船が浮かび、そこに雅な男女が乗っていたりしてねw

でも、印象に残ったのは”延年の舞”でした。

舞台で舞っているのを見て、何となくその仕草を覚え、その後、妻の実家で酒を飲んでベロベロになると、必ず落武者流”延年の舞”を踊ったのですwww

(画像は拝借)

 

落武者は、まだ結婚なんて許してもらえていないのに、平気で妻の家で飲んでいました^^;

その出鱈目”延年の舞”が受けてねぇwww

特に、最も結婚に反対していた祖母が気に入って、お互い酔っ払うと(祖母も飲兵衛w)、「ほれ、落武者!踊れ!」って言われ、落武者も祖母に気に入られようと一所懸命踊ったものでした。←ゴマスリ^^;

(画像は拝借)

 

 

次に記憶に残っているのは、衣川館ですね。

落武者の先祖は、源義経の平泉時代からの家来と言われていますので(そのように父は言いますが、落武者は嘘だと思っていますw)、主君最期の地をどうしても訪れたかったのです。

高館義経堂には誰も居なくて、落武者たち二人で、義経主従の在りし日を忍びました。

(画像は拝借)

 

ところでお昼や夜ご飯はどこで食べたのだろう?

全く記憶はありません。

貧乏でわんこ蕎麦などは手が出ない値段だったはずなので、そこらのラーメン屋さんかドライブインで食べたのでしょうねw

 

夜?

そりゃぁ夜何ざぁ、やる事は一つですもの(^^;;、ラブホ(モーテルね)ですよwww

 

 

しかし、懐かしいなぁ。

よくもまぁ妻も、落武者のような貧乏男と旅行をしてくれたものです。