おはようございます、落武者です。

 

落武者は連続ドラマを見なくなって数十年経ちます。

唯一見ているのが、犬HKの大河ドラマ。(現代物は見ません、あくまで時代物だけ。)

今は、「光る君へ」ですね。

当初、余り期待しないで観ていたのですが、なかなかよろしいじゃないですか。

平安時代の貴族の日常など守備範囲外なので、いろいろ調べながら観ています。

一番良いのは、ジャニタレが出ていない事なんですけどね^^;

 

そんな「光る君へ」ですが、藤原宣孝がまひろ(紫式部)に妻になれとプロポーズをする回がありました。

まぁ、嫁に来いと言っても藤原宣孝には正妻がいましたし、当時の事ですので、自由恋愛≒妻問婚が主流だったのですけどね^^;

 

その台詞↓

藤原宣孝「自分が思っている自分だけが自分ではないぞ」

「ありのままのおまえをまるごと引き受ける。それができるのはわしだけだ。さすればおまえも楽になろう」

まひろ(紫式部)「忘れえぬ人がいてもよいのですか?」

藤原宣孝「よい。それもおまえの一部だ。まるごと引き受けるとはそういうことだ」

(当時は手紙のやり取りですし、直接このような会話が出来るはずもありませんので、これは原作者の作り話でしょうが、非常に素晴らしい出来だと思いましたよ!)

(画像はお借りしました。)

 

これを観ていて、

妻「器が大きいなぁ!こんなプロポーズをされたら、落ちちゃうわ。」

 

そうなんです!

愛する人の過去も現在も全て受け入れるこの度量が、若き日の落武者には無かった・・・

でも、齢を重ねた今なら、藤原宣孝のような行動が取れるかも。

もちろん愛に年齢差は関係ありませんが、当時のまひろ(紫式部)は26歳前後、藤原宣孝が46歳あたり。

男がそれなりの寛容さを有するには、経験を積む時間が必要なのだとあらためて思い知ったのです。

 


落武者も20〜30代は自分の事だけで精一杯で、今振り返ると、まだ他の人へ寄り添う思いやりなど少なかった。

例え、愛する人であっても・・・

やはり、孔子じゃありませんが40歳を超えないと一人前にはなれないのでしょうね。(四十にして惑わずw)

 

 

紫式部の亡くなった藤原宣孝を偲んだ歌

「見し人の けぶりとなりし 夕べより 名ぞむつましき 塩竈の浦」

 

今朝はプロポーズの番外編でした。