おはようございます、落武者です。
今朝ブログでは、忘れないうちに今回の地震の惨状と落武者の行動をお伝えします。
さて、3/16の23時過ぎのあの時間。
当然酔っ払って寝ていた落武者。
でも流石に第1回目の揺れで飛び起き、妻に出汁丸を確保するように命じながら、出口確保のため玄関に向かいました。
妻は、お風呂から上がって着替えていたところ。
すぐにキャリーケースに出汁を入れて、妻が玄関に向かった直後に2回目の地震。
その2回目で写真↓のようにCDが落ちてきて通路を塞いでしまいました。
凄い揺れで、妻はキャリー片手で持ち、もう一方の手で階段下の柱に掴まっているのが精一杯。
落武者は、玄関のチェーンが暗闇で見えなくて、なかなか開けられず(大馬鹿)ワタワタ。
それでもCD踏みつけてこっちに来いと妻に叫びながら、なんとか玄関を開け外へ脱出。
地震の地鳴りとバタバタと落ちてくるCDを見た時には、家が潰れると恐怖を感じましたよ。
夜だったので、東日本大震災の時に覚悟した死とは別な感じの恐怖でした。
なんとか無事に外へ脱出すると、隣近所の人たちも外へ出てきていました。
何分ぐらい外に出ていたかもう覚えていませんが、寒くてねえ、余震が怖いものの家の中に・・・
写真↓は、戻った直後の茶の間です。
停電なのでランタンの灯での撮影。
正面奥に白い四角い壁が見えますが、あそこに亡き母の仏壇があったのですが、それも完全に崩落(><)
こちら↓は座敷で、つい最近、雑誌と妻の漫画本を整理した場所。
ここ↓は、よく落武者ブログに出てくる書斎。
天井まである四方の書棚が崩落し、テレビを埋め尽くしています。
ただ、正面の書棚は建設当時からの作り付けの本棚なので、本は落ちましたが壊れません。
中廊下の書棚も崩落。
でも、いつ再び巨大余震が来るかもしれませんので、夜中からすぐに避難通路確保のため整理を始めました。
ただ、妻は風呂上がりに髪も乾かさずに外に出たため体調不良。
しかも停電で暖を取るものがありません。
なので、ベッドから布団を茶の間に持ち込んで、そこで寝てもらいました。
妻に倒れられたら、マジで落武者家は倒壊しますから。
なぜベッドで寝ないか?
妻ベッドには、書斎から本箱が倒れてきていて↓寝れる状態ではありません。
と申しますか、寝ていたら死んじゃってたよ![]()
この本箱に関しましては、昨日妻からの要望で、別の場所に移すことにしました。
当たり前ですね。
中廊下の書籍は階段下に運び込み。
とりあえず歩けるようにしました。
下駄箱もこんなにズレて・・・
と、ここまでの片付けに、朝の6:30までかかりました。
せっかく復旧した石灯籠も再び倒壊。
でもねえ、今回の地震で一番驚いたのはこれですよ↓
見ての通り、アルミの網戸が下敷き>_<
石を動かせるわけも無く、引っ張り出せません。
先ほどの茶の間の写真にもありましたが、家中の障子や襖、そして外の網戸はことごとく外れていました。
古くは宮城県沖地震、11年前の東日本大震災、昨年2月の地震でもびくともしなかった巨石がこの状態ですから、今回の地震の破壊力がどれほどのものか解ろうというものです。
17日朝からは、まず最初に書斎から片付けを始めました。
妻は食堂兼台所の片付け。(体調回復✌️)
食器がもうメチャクチャ。
大事な食器は壊れ、どうでもいい食器が生き残るというマーフィの法則だ!と嘆いておりました。
写真は見せられたものではありません。
座敷が終わったら、父親の寝室兼書斎を片付ける予定です。
父親の部屋が終了したら、次は2階にある母親のアトリエ。
和箪笥2棹も倒れてしまいました。
母が描いた絵が入っていた棚も倒壊。
ここが終了したら、畑においてある2つの物置ですね。
おまけは、17日日中の出汁様。
怯えまくりで可哀想でした( ; ; )
それにしても、昨年2月の地震の時も思いましたが、ほ〜んと再就職をしないでよかったですよ。
仕事をしていたら、妻が一人で片付けをしないといけないのですからねえ。





























