おはようございます、落武者です。
日大アメフト部の問題と監督・コーチ及び選手のそれぞれの会見については、様々なメディアで取り上げられ、また、数多くの人がブログで書いたりコメントをしたりしているので、今更落武者が言うこと等ほとんど無いのですが、スポーツをやる人間として、また、自分のチームを率いる人間として一言、書いておこうと思いました。
落武者がやっているバスケットもそうなのですが、体と体が触れ合うというかぶつかり合うスポーツは、常に危険が伴います。
そして、当然ながら小さな小競り合いはよくあることです。
でも、基本ワザとファールをすることはありません。(当たり前です。)
(バスケットの場合、時間を止めるためにワザとファールをすることはありますが、それはお互い分かった上でのことです。)
そして、緊張感を持ってプレイをしている最中のファールは想定出来るので大怪我をすることはほとんどありません。
しかし、今回のような場合は、直接プレイとは関係ない場所でのファールだったので命の危険までありました。
あの画像を見た時、落武者は首の骨の骨折まであるのではないかと思いましたから。
危険なプレーも許すことが出来ないものですが、やはり今回の一連の問題で目立つのは、強い立場にある人間の汚さと見苦しい自己保身の姿です。
言った言わないの問題に矮小化してはならないのです。
指導する立場と指導される立場は、上下関係であり、対等ではありません。
「怪我をさせろ。」とは言っていないのかもしれない。
しかし、圧倒的な生殺与奪の権を握るものから「潰せ。」と言われれば選手はそれこそ”忖度”します。
しかも、選手として試合に出れるか出れないかの瀬戸際。
将来を嘱望されている選手であるのなら、尚更試合に出たいはずです。
そのような弱みに付け込む人間性の嫌らしさ。
今の政治家や官僚が問われている事と図式はまったく同じ。
人としての羞恥や矜持はどこに行ったのでしょうか。
こんなにも私たち大人は若者に対し手本とならない人間になってしまったのでしょうか。
監督とコーチの会見は、あまりにも、あの20歳の選手の悲壮感、そして間違いを間違いと認める潔さとの落差がありすぎる会見でした。
もちろん、あの選手はこれから大きな十字架を背負って歩いていくのでしょう。
それは仕方がない事です。
しかし、あの記者会見で名前と姿を出す勇気があるのですから、罪の償いは必ず出来ると信じます。
ぜひ、他の日本大学アメフト部の部員も事実を述べていただきたいと思います。
繰言となりますが、私たち大人は子供たちの手本となるような行動を取りましょう。
自分だけ良ければ他人はどうでもいいなどと子供たちに教えてはいけません。
あの時代の大人たちはクズだったなどと将来言われないように心がけましょう。
すべて、己にも突きつけられていることとして書かせていただきました。

