あと数ヶ月経つと、母を喪って丸三年になる。

それでも、未だにこの世に居ないことが信じられない、受け入れられないでいる。だって、母が私の名前を呼ぶ声は時を隔てても鮮やかに甦る。

先日、滅多に寄り付かない納戸の中に目をやると、母が買った日用品が置いてあった。母が亡くなった後、手付かずで置かれている物はまだたくさんある。

けれども、ふいに、それらの品々を見た時、強烈な悲しみと虚しさが襲ってくるのである。母が品物を買った時は元気でいた頃だろな…母は居なくなってしまったのに、品物は変わらずにそこにあるよ…。

三年経とうとも、これからだって恋しい母を想って悲しみのトンネルの中を歩き続ける。母が居ない今、それしかできないのだから。



毎日毎日、母の遺影を目にしているけれど、「母はもうこの世に居ないんだ」、という現実を突きつけられて、息をするのも苦しくなるような悲しみが襲ってくる。

あれは、母が危篤状態で病院に搬送され、苦渋の決断でモルヒネ投与が開始された二日後か三日後だったか…はっきり思い出せないけれど、その日も朝から母のそばに付き添っていた。モルヒネで眠っていた母の元に、看護師がやってきて清拭をしてくれた。

あの時は、寝ているから清拭しなくていいのに、と思ったけれど、今思えば母が亡くなるとわかっていて、最後に綺麗にしてくれようとしていたのかな。定かではないけれど…。

私はホットタオルをもらい、清拭を手伝っていたら、看護師が「ここまで看護する家族はそう居ない、お母さんは幸せだ」という類いのことを言った。

あの時も今も思うこと。

でもね、看護師さん。こんなんじゃやったうちに入らないの。今まで育ててきてくれた母にもっと恩返しがしたかったの。母に似合う洋服を買ってあげたり、母が喜ぶお菓子を買ってあげたり、一緒に食事や買い物をしたかったの。辛い辛い闘病生活中、もっと親身になって話を聞いてあげれば良かったの。もっと、看護をしてあげれば良かったの。

挙げればキリがない、果たせなかった数々の思いがさざ波のように押し寄せる。

ああ、母さん、今宵も辛く苦しいよ…
母を喪ってから、三度目の秋を迎えようとしている。

その昔、両親とデパートに買い物に行った時のこと。私はソフトクリームを買うため、一人で三階から売り場がある二階に降りた。買った後、三階に上がるのをすっかり忘れ、両親が居ない二階を泣きながらさまよった。

幸い、店員さんが両親の元に連れていってくれたが、どんなに安堵したことか。ソフトクリームは溶けてしまっていた。

今の私は、あの時と同じ。唯一無二の母を喪って、泣きながら母を追い求め、迷路の中をさまよっている。

あの時と違うのは、「安堵すること」が二度とできなくなってしまったこと。これから、季節が幾度巡ろうとも、母なしで生きていかなければならない心細さ、不安、恐怖という感情を払拭できないまま、母を求めてさまよい続けていかなくてはならなくなってしまった。