心だって風邪を引くんだ
躁うつ病 5-より引用

「うつ」という状態は基本的には本人の胸の中に重い悲しみが溜まっていく内面の問題です。誰にでも起こる当たり前の出来事です。しかし、こうした「うつ」とはちょっと違うのですが、区別もつきにくく、同じほどに深刻と思われる状態を最近よく見かけるのです。このことは精神医学の世界でも以前からわかっていることなのですが、「病気」と言えるのかどうなのか、また治療というものがどうなのかという疑問を抱えたまま過ぎているように思われます。それが「モラトリアム」「アパシー」「無気力」「引きこもり」などと言われている状態です。

実は「うつ病」と「うつ状態」の話をふくめ、ここら辺の話からは病気と日常との境界線がとてもあいまいになっていきます。「統合失調症」や「うつ病」が一つの病気と考えてしまえば非常にすっきりと理解できる一面を持つのと裏腹に、ここからの話はだんだんとつかみ所のないあやふやな面が出てきます。そして、それが「心の病」という迷宮の扉を開けることになるのです。

「モラトリアム」とは、青年期に自分の進路を決定するにあたって、なかなか結論が出せないまま特に目的もなく過ごしてしまう過ごしてしまうある期間のことを指しています。これはエリクソンという人がいったのですが、彼はこうした期間を「心理・社会的な猶予期間」として認め、より自分らしい人生を選ぶために必要な時間として前向きに考えました。たとえば、大学の4年間やその後に「フリーター」という生活をしていたとしても、自分が本当にやりたいことを見つけたり、自分らしさを確立するためには人生に必要な時間であって、自分の可能性のためにいろんなことにチャレンジし、失敗し、迷うことが当たり前だと考えているわけです。

かつては、生まれた家庭の状況が将来の自分と直結していて、自分の人生を縛っていたわけですが、現代のように社会が多様化し、どんな社会的階層の人にも様々なチャンスがある時代においては、こうした「猶予期間」が持つ意味はとても重要でしょう。最近は大学進学率も高くなっていますし、卒業後一度会社に勤めてもまた退職して何かの資格を取ってみたりと、本当にいろいろな可能性が増えているわけで、この「猶予期間」もどんどん延長されている状況にあります。

一方、こうした現代では「アパシー」「無気力」「引きこもり」といった状態になる人が増えているようです。「アパシー」とは無関心・無気力・無感動な状態の総称のようなものですが、ようするに何事にも興味や関心が向かず、一日中部屋の中で過ごし、社会や他人との接触がほとんどなかったり、マイペースで昼夜逆転の生活になっていたりする状態のことです(これ以降は「無気力」「引きこもり」についても「アパシー」という言葉でまとめます)。

社会的には学校に行かないまま(あるいは行けなくなって)何年も留年したり、卒業はしたけど就職せずに家にこもっていたり、勤めはしたけど会社に行くのが何かしんどくて長く休んで、やがて行けなくなってしまうということが起こっています。この状態を象徴するのは、「特に積極的な理由がない」ということです。自分でも良くないなとは思うけれど、楽でもあって、ずるずるとこうした生活が続き、今では抜け出すきっかけも見あたらず、ただ時間だけを過ごしているようです。

「モラトリアム」が自分発見の積極的な時間という肯定的なイメージを持っているのに対して、「アパシー」と言われるような状態は、本当に目的を見失ってしまったような息苦しさが感じられるものです。「モラトリアム」も含めて、こうした状態こうした状態をどう考えればよいのか、現状では答えは出ていません。これらの状態が「うつ」と決定的に違うのは、「うつ」が現状に対して強すぎるほどの問題意識を持って悩み苦しんでいるのに対して、これらの状態ではそうした身に迫る危機感が不思議なほどに感じられないことです。

「アパシー」の人は、その自分なりの暮らしを淡々とこなしています。しかし、部屋の中にこもるようになって、社会との接触を断ち始めると可能性は急速にしぼんでいきます。一度「アパシー」の生活に入ると、そこから抜け出すのはとても大変なことです。中には次第に対人恐怖や社会恐怖のようなものがともなうようになってきたり、急にアルバイトなどを始めてみても、とたんに体の調子が悪くなってしまって自分で思う以上に働けなくなっている人もあります。

「モラトリアム」も「アパシー」もそれを理由に病院やクリニックにかかることはまれなことです。家族の方は心配されて相談に来ても、本人は受診を拒否されることが多いのです。これは生き方の問題で病院とは直結して考えにくいからでしょう。しかし、もし現状と将来の自分の姿に、少しでも心配な気持ちがあるのなら、自分に正直によく考えてみることが必要です。家族のためではありません。自分の生き方の問題だからこそ、大切に考えていく必要があるのです。この生活を変えるのは大変なことですが、どこかで変えていかないと非常に長期的に続く傾向があります。自分の生活がアリ地獄の生活だと気がついて、「変えなければ行けない」と少しでも行動が起こせれるのならば、不思議と道は開けてきます。


タイトル:
躁うつ病・「モラトリアム」「アパシー」「無気力」「引きこもり」 ]]>
URL:
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もっと楽に生きてみないか より引用

徳川家康は「人生は重い荷物を背負って遠い道のりを歩くようなものだ」と言ったそうです。
天下の頂点に立った人間でさえ、いやむしろ天下の頂点に立った人間だからこそ、そう感じたのかも知れません。

人間は社会的な地位や境遇に関係なく、生きていくことはだれにとってもつらいことなのです。
お互いに他の人のつらさが分からないから、他の人には生きるつらさがあまりないように感じるのでしょう。自分だけが苦しい、自分だけがつらいと思うから他の人をうらやんだり、または自分に劣等感を持ってしまうのではないでしょうか。

他の人が楽しそうにしているからといって、果たしてその人には悩みや苦しみがないのでしょうか。そうではないと思います。その人なりの悩みや苦しみを抱えていても、様々の理由からそのことを表に出さない、あるいは出せないだけだと思います。
他の人も自分と同じような悩みや苦しみを抱えて生きているのだと分かれば、他の人をうらやんだり、劣等感に悩むことも少なくなると思います。そして自分だけがつらい思いをしているのではないということが、どれだけ自分を救ってくれることか。

多くの場合、人は最良の状態で生きていても、生きることには苦しみや不安がつきまとうのです。たとえば恋をしている人にとって見れば、いつ相手に捨てられるかも知れないという不安がつきまといます。深く愛していればいるほど、その不安も大きくなるのではないでしょうか。
幸せの絶頂にある人にとっては、いつこの幸せが終わりを告げるかも知れないという不安がつきまといます。
お金持ちの人は、いつ財産を失うかと心配しているかもしれません。政治家や官僚は、いつ失脚するかと心配しているかもしれません。数えだしたらきりがありません。不安のない人はいないと思います。ただ、不安に押しつぶされてしまうか、はねのけるかの違いだと思います。

もちろん貧困や人間関係で苦しんでいる人にとっては、不安はいっそう大きなものとなります。
問題がおきたときに対処の仕方さえ知っていれば、心構えさえ持っていれば、起きるか起きないか分からない不安にいちいちおののくことも少なくなると思います。ここに「人生の問題はどう解決するかより、どう対処するかが重要だ」ということの意味があります。問題がおきたときの対処法が分からないと、生きることはいっそう苦しくなるばかりです。

いま明るく生きている人も、過去に他人には言えないような苦しみを味わったかもしれないのです。だからこそ、いまを明るく生きられるようになったのかも知れません。このことはどこかのページで詳しく触れます。
「自分だけがつらい思いをしながら生きているのではない、他の人もみんなそれぞれに苦しみや悩みを抱えて生きている」ことが分かれば、生きることに少しは勇気を持てるようになるのではないでしょうか。

だから自分だけを理解してもらおうとすれば相手のことには関心が向かず、相手がいままでにどんなつらいことを経験してきたかも分からなくなるのです。
そして相手がいま明るくしあわせであれば、過去に苦しんだこともないのだと思いこみ、自分だけがつらい思いをして生きていると思いこんでしまうのでしょう。もっと相手に関心を寄せることができれば、「みんなが同じようにつらい思いを経験しながら生きているんだ。 自分だけがつらいのではない。」と言うことを理解できると思います。


タイトル:
生きることはだれにとってもつらいこと
URL:
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徳川家康の名言集より引用

人の一生は重荷を負うて、遠き道をゆくが如し 急ぐべからず
不自由を常と思えば不足なし
心に望みおこらば
困窮したる時を思い出すべし
堪忍は無事長久の基
いかりは敵と思え
勝事ばかり知りて
まくる事を知らざれば害其の身に至る
おのれを責めて、人を責めるな
及ばざるは過ぎたるよりまされり

徳川家康


人生って、重荷をしょって遠い道のりを行くようなものだ。急いではいけない。
不自由でもいつもの事だと思えば(慣れれば)満足できる。欲望が心にきざしたなら、昔苦境に陥った時を思い出しなさい。
我慢が何事もつつがなくながく続くことのできる要であって、怒りは敵だとこころしなさい。
勝つことしか知らなければ、(心におごりが出て)自分に害が返ってくる。自分の愚かさを責めて、人には寛容であること。
やりすぎるよりは、やり足らないのがいいのだ。