たまたま息子の家に寄った父親が発見した。

家の外に座り込んでいた父親に詳しく聞いてみると、

かじりかけのおにぎりと、手紙があって、息子が首を吊っていた。

梯子をかけ、ロープを切り、息子を床へおろし、

事態を家族に知らせ、119番をした。


その間にお嫁さんが駆けつけ、失神した。

息子とお嫁さんは、病院へ運ばれたが、

いまだに何がどうなっているのか、さっぱりわからないと言った。

混乱していて当然の状況だった。


彼はどさくさに紛れて、その手紙のコピーをもらって、

その場を後にして、私に電話をした。

次の日、私を含め会社のスタッフ全員で会社にあったのと、

家族へあてた手紙を見た。

彼は、手紙を見て「その人」の家へ行った経緯や、

自分がどれだけ大変だったか、ひとしきり話した。

その場では皆で、彼が大変な目にあった苦労をねぎらい、

これからの対応の手伝いを約束した。


しかし、ほとんどの人の本心は、その手紙は彼へのあてつけに感じ、

彼が、少なくとも「その人」の自殺する原因の一つだったに違いない、という感想だった。

                    さいかのブログ ~私はこうして殺された~-17-12

それから私は、彼の「その人」への冒涜ともいえる悪口を聞かされることとなった。

“報われない”とは、この様なことなのかなと思った。

彼が今までと少し違ったことは、

「その人」の家族に恨まれるかを気にしたことだったが、

私が社交辞令で、大丈夫だよと言うと

安心したように、そうだよね、とすぐに納得して



また悪口を言い出した。