電卓の叩き方ってね、どんどん変化していくんですよ。

その電卓の成長の秘伝を書き記してみようかね 笑
忘れないうちにね。



まず第一段階、

「電卓を見ながら人差し指のみで叩く。」

まあ多くの人間がこの第一段階を超えることなく命を落とすわけですが、
まあ達人のスピードの十分の一にも届きません。

これを越えるには、簿記三級、あるいは二級に受かるくらいの修練を積むか、
レジ打ちを一年くらいやる必要があります。


そして第二段階、

「電卓は相変わらず見ながら叩くが、人差し指に加えて中指や薬指も使う。」


だいたい、簿記に受かった人間はこの境地にいるんじゃないかな?

このレベルになると、まあ第一段階の三倍程度のスピードで叩くことができます。
しかし究極にはまだ遠い……。



そして第三段階、


「心眼」

この心眼を得るまでにはかなりの経験が必要です。
世間ではこの技をブラインドタッチと呼びますが、会計士の世界では「心眼」と呼ばれます。


この心眼を得ることで、紙面に記された数字から目を離すことなく電卓を叩けるため、いちいち電卓と紙面をいったりきたりすることがなく、

飛躍的にスピードは向上し、首が疲れません 笑

ちなみに僕はすでに心眼を開いています。



そして第四段階、

「旋腕」



この「旋腕」とは、電卓を指だけでなく「腕」と「手首のジョイント」を使用して叩くことで、指の疲労を防ぎつつさらなるスピードを獲得する技です。

会計士試験に受かるには、この「旋腕」程度は軽く使いこなせなければなりません。


指の動きに加えて腕の機微な動きと手首の回転を繰り出すことで、常人には予想しえないスピードと持久力が獲得されます。


僕は約二ヶ月前に、この旋腕を獲得しました。



そして第五段階、


「無音」



僕はまだこの「無音」を使えません。

この「無音」は電卓術の一つの究極形です。


「無音」とは、電卓を叩く際に余計な力をいれないことでほとんどのタッチ音を出さない技です。


電卓を叩くのが早い人の音は静かなものです。


この無音は、電卓への優しさと愛をもち得て初めて極まる技なので、

「愛打」とも呼ばれます。



そして、「無音」を極めることで得られる究極の奥義が、


「神速」です。

人によっては「縮地」と呼ぶ者もありますが、最近は「神速」で統一されてきています。



この奥義を使いこなす人間はほんのわずかです。
会計士とはいえ使えないものの方が圧倒的に多いでしょう。

もはや指の動きすら見えない。
音もなく計算が終わる様は、「神」の「速」さに相応しい呼び名です。



そして最後に、伝説とまで言われる奥義中の奥義、


「無刀」

があります。

この技は存在が疑問視されるほどの神業で、「神速」を遥かに凌駕するのです。

一説によれば、電卓を使わずとも数値を弾き出すことができるとか。



いやー、奥が深いですね!笑

まあー、言うまでもないことですが「無音」以降は嘘ですが 笑


でもね、「無音」はややオーバーですが事実ですよ。


計算早い人と中途半端に早い人とを観察してわかったんですけど、計算早い人の音は静かなんですよ。


だからやたらバチバチ叩きたがるのは二流なんですね。


だから今は「無音」の習得を目指してます 笑

トゥース!(σ・∀・)σ
寝坊した!
死にたい!(つД`。)゚。

昨日は牛丸さんの機会費用の話に大いに納得したな。

勉強する上でも、いかにうまいこと修練するかは常に機会費用を考えることだよね。

これでいいのか?この勉強方法の先には合格はあるのか?
もっといい方法はないのか?

ってことは、常に考えるべきだと浪人した時学んだわ。



んでね、僕は散髪に行く度に言われる言葉があるんです。

それはね、


「お客さん髪の毛硬いね~」
「あー、相変わらず硬い髪だわ」


ってことなんです。



例えば僕は、髪の毛が伸びてしまうとワックスが全く効かないんですよ。

ワックスで髪を立てようにも、ものの5分で元に戻ってしまうんで、

最近では髪が伸びたらワックスをつけるのを諦めるようになりましたね。


そうすると、なんか暗~い感じになるんで嫌なんですよね。

髪の毛が短い分にはそれなりに立てられるし、暗い感じにはならないと思うんですが、

髪の毛が伸びるスピードも早いらしく、頻繁に散髪いくのはお金がもったいないし、


かといって髪の毛を染めるのは絶対に嫌ですが。



とまあそんな感じでね、昔から悩んでることなんですよ。


でね、高校の卒業旅行でね、うちのクラスは草津に行ったわけですよ。

でね、誰か一人がね、


「カエリの髪の毛を立たせようぜ!」

っていいまして、


四、五人くらいでそれぞれワックスを持ち寄って僕の髪の毛を立たせるんですよ。


もうものすごい量のワックスをつけて、スプレーまでかけてカッチカチに固めたんです 笑



んでね、完成時にね、

「もっと早くこの髪型にしとけばよかった!」

ってくらいの上々な仕上がりになったわけです。




なのにね、ものの2時間程度しか持ちませんでしたね!笑


いやー、もうこうなってくるとさ、

どうしようもないよね!笑ヾ(@°▽°@)ノ



なんで髪の毛を染めるのが嫌かというとね、


僕は黒髪が似合う人が好きなんですよ。

異性だろうが同性だろうがね。

なんか誤解されそうな表現になりましたけど、ホモではないです 笑

好きというか印象が良いっていうのに近いかな?


もちろんその人に似合ってればどんな色でもいいとは思うんですけど、


なんだろう、

黒髪が似合う人って素敵じゃないですか。

なんかこう、真面目そうでさ。

まあそういうわけで、自分も髪の毛は黒いままでいたいわけだよね(´・ω・`)


まあ、髪の毛が茶だろうが赤かろうが真面目な奴はいくらでもいるし、

髪の毛が黒かろうがチャラチャラした奴はたくさんいるとはわかってるんですよ。


でもねぇー、烏の濡れ羽って素敵だよ(・∀・)ノシ


まあでも、髪の毛の色に関係なく、真面目な人が1番良いよね☆.。:*・゚ヽ(´∀`*)/
みなさんあの話を知っています?


日本人旅行者がアメリカで、レストランに入りました。

ウェイターに注文をしたら、

「スーパーサラダ?」

って聞き返された日本人旅行者は、大きなサラダが来ると思ってYesと言いました。


ウェイターさんはこまった様子でまた、「スーパーサラダ?」

と聞きました。

日本人旅行者は相変わらずYesYesと言いました。


んでウェイターさんは困り果ててゆっくりと、


「スープ、オア、サラダ?」

と聞きましたとさ。
って話(´・ω・`)


多分Crownって教科書に載っていた話だと思うんですけどね、

この話を中学の英語の授業で習ったんですけどね、

なんかうちの先生は発音にこだわりがあったらしく、

しきりにサラダの発音を僕らに言わせようとするんですよ。

んで僕らがサラダサラダ言うじゃないですか?

そしたら、

「サラダじゃなくてサラドゥだ」

とか言いなさるんですけどね、


どっちでもええわい!笑

って思ったのを覚えてます(´・ω・`)



何回か友達にスーパーサラダの話をするんですけどね、七割くらいの奴はこの話を知ってると言うんです。

これって有名な話の?スーパーサラダ(´・ω・`)



じゃあさ、「ちいちゃんのかげおくり」とか「スーホの白い馬」とか「クラムボン」とか皆覚えてる?


僕の読書生活の原点は、おばあちゃんにトムソーヤの冒険を読んでもらったことなんですけど、

小学六年生の時に国語でやった、星新一の「おみやげ」が大分読書を習慣にするのに貢献したな。

太古の地球にやってきたフロル星人が、将来人類の知能が発達した時のためにって、

戦争を防ぐ本とか、不老不死の薬の製法をカプセルにつめて砂漠に残してくれるんですけど、

知能が発達した人類はそのカプセルを核実験で吹き飛ばしてしまうって話です。

それ読んでから星新一は貪るように読みまくりましたね。

僕ね、星新一のショートショートは全部20回以上は読み込んでるんです。

でも読む度に発見があるんだよ。
細かいとこに伏線があったり、他のショートショートのネタがちょこっとショートショートに出てきたり、

まあバイブルですよ。


中でも「処刑」っていう話はすごいね。

「ようこそ地球さん」に入ってるんでね、興味があれば読むといいですよ。


あとねー、「現実と非現実」「ハレとケ」っていう概念あるでしょう?

あれの究極が星新一の「ノックの音が」だと思うんです。


その中の短編の全てが、

「ノックの音がした。」
っていう書き出しで始まるんですけど、

この「ノックの音」には、家の中という現実、そして外からの来訪者という非現実の、両方を想起させるんだよね。

たった一文で、現実が破られて非現実が始まるわけですよ。


そんでその表現を全てのショートショートに使うってのが面白いよね。


本を読む時って、こうした「現実と非現実」って概念とか諸々の基礎を知っておくとより楽しく読めるんですよ。



だからね、「ノックの音が」は一読を進めますよ☆.。:*・゚ヽ(´∀`*)/


なんだこれ 笑
夜中書くとキモい文章になる現象ですね 笑

おやすみ
昨日のテストは散々でした。

ザザザうまかた(゚∀゚)=3

いやー、アトムに対する見方が変わりましたね 笑

それはおいといて、

小学生の時の話なんですけどね、

まあ前にも書いたように、昔は毎年の夏休みに母方の実家である岡山に二週間くらい滞在してたんです。

んでね、まあ僕のそのおじいちゃんは大工でして、まあ今は流石に引退してますけどね、

じいちゃんは自分の家は自分で建築したんです。

んでそのせいか、無駄にでかいんですよ家が。


なぜか寝室が三つあったり使わない部屋があったりするんです。

まあそのお陰で隠れんぼとか楽しかったけど(・∀・)


んでね、まあその部屋数のお陰で親戚をたくさん収容できるんです。


まあ前おきがあまり本題と関係ないって今気付いたんですけど 笑( ̄ω ̄;)


ある夜ね、その岡山のじいちゃんばあちゃんの家で寝てたんです。


そんでね、夜中にね、



遠くからバタバタ音が聞こえてきて、「ぎゃっ」って声がしてきたんですよ。

んで、母親が様子を見に行ってるうちに僕はその時はすぐに寝てしまったんです。


そして次の朝、居間に行くじゃないですか。

そしたらね、

居間の机の上にね、



コウモリの死体が乗せられとるんですよ!笑


そんでもう、なんだこれはと。

一体何があったんじゃと。
なるわけです。



まあ何があったかというとね、

なんか、屋根裏だかどっかからばあちゃん達の寝室にコウモリが侵入してきたらしいんです。


んでそれを追い払うために、ばあちゃんがしっちゃかめっちゃかしているうちに、

何故かばあちゃんはコウモリを素足で踏み潰してしまい 笑


まあ、ばあちゃんも驚いて、

「ぎゃっ」って言ってしまったみたいなんですね。


いやいや、コウモリアホでしょう 笑


コウモリの超音波ってかなり精度が良くてですね、それで暗闇でもバタバタ飛び回ることができるんですが、


やっぱコウモリも田舎だとのんびりしてんのかね?笑



んで、なんでコウモリをわざわざ机に広げとくんかと、聞いたんですけどね、


「コウモリを細かく見る機会なんてないだろうから、しゅんに見せたかった」

そうです(´・ω・`)


んー、いや細かく見せられても(;^_^A

って反応しかできませんでしたね!笑

好意だけ受け取りました(´▽`)ノ


あー、田舎と言えば生き物関係の出来事が多いよね(・∀・)


僕ん家の車に追突しよった僕のおじさんもね、流石に実家だからか岡山ではハメはずしまくって、

お陰で僕はエラい目にあわされたことがあるんですがね、


まあまたいつか書きますわ(・∀・)ノシ
はい、タイトルの通り、

僕が、「これ俺だわ」ってなるくらい感動した歌詞について語る日記を設けました 笑

まぁあれですよ、ジコマンですよね。
存分に気持ち悪いんで読み飛ばすことをすすめます 笑(・∀・)ノシ



んでね、最近「これ俺だわ」ってなった曲というのがね、

ミスターチルドレンの「I'LL BE」です。


じゃあちょくちょく好きな歌詞を見ていきましょうかね!
わくわくしますね!笑

まず、最初の俺だわポイント、略して俺ポイは

「乾きを癒せない砂漠のように、何だって飲み込んでしまえる。

そんな漠然としたイメージだけが僕を支えてんだ。」

です。


このね、漠然としたイメージが自分のことを支えてくれるっていう気持ちがね、もう俺ですよ 笑

ずーーっと胸にある漠然としたもの。それに衝き動かされるっていう感覚をね、僕も持ってますよ。

漠然としているからこそ、求め甲斐があるというか深さがあるんですよね。

それを知りたい!って強く思ってしまいますよ。
だから単に会計士の資格を取るだけじゃなくて、その現場で活躍して活躍して満足するまでは消えないんでしょうね。この漠然としたイメージは。


そして、次の俺ポイは

「街がジオラマみたくみえるビルの最上階

形を変えながら飛ぶ雲が見えるかい?

今日はゾウ明日はライオンてな具合に、心はいつだって捕えようがなくてそんでもって自由だ」

です。


空の深さを感じたり、月の輝きに感動したりっていうことが増えたなぁこの頃。

自分の行動や心のおき様を変えてみると、何気ない所に喜びを見いだせたりしますよね。

帰るとき、遠回りして陸橋をわたることにしてるんですよ。

んで、周りに誰もいないことを確かめて密かに歌を口ずさむわけ 笑

たまに歌を口ずさんでるじいさんばあさんいるでしょ?
昔はそれを見て、なんやねんなと思ってましたけど、
今はそれがなんとなくうらやましいというか、ね。

陸橋なんて一分くらいで渡りきってしまいますけど、

でもそんな一分足らずの時間に生かされてるのを感じますよ。

そんな風な、心をふわふわ遊ばせる時間を貴重に思える今という時間がもう大切だなぁとおもいますね。

「心はいつだって捕えようがなくてそんでもって自由だ」って、歳をとっても感じていたいですねぇ。



はい、次の俺ポイは

「いつも心にしてたアイマスクを外してやればいい。

不安や迷いと無二の親友になればいい。

旅立とう、明日はないぞってな具合に胸に刻みながら一歩ずつ進んで

いつだって夢中だ。」


まぁー、今という時間をまんま写してるなぁって感じました。

特に「不安や迷いと無二の親友になればいい」っていう歌詞には心動かされるよ。

なんか、気楽になれるよね。

はしゃいでる自分も、冷静な自分も、悩んでる自分も、どれも自分自身なんだって思うほうがね、落ち着くよねぇ。

こんなの自分じゃない!って思った瞬間に焦燥感が押し寄せてきちゃうもんよ。

だから、不安や迷いも引き連れて行きたいね。

それも自分自身なんだから、ちゃんと連れてかないとね(σ・∀・)σ


あとはまぁ、この曲の歌詞は全て好きだからキリがなくなってしまうので、つぎの俺ポイで最後にしますが、

「人生はいつも Q&Aだ。永遠に続いていく禅問答」

っていうところかな。

いやまさにそう。

自分自身と向き合って、対話してね、答えを積み上げていくんですけどキリがないよね。

でもそうであるからこそ、人生って充実するような気がする。

終わりなき旅。


今まで目をそらした分、ちゃんと向き合わなきゃなぁ。
浪人してた時なんかはちゃんと向き合ってた気がするんだけど、やっぱ初心忘れるべからず。

ふぉっふぉっふぉ……(。・ω・)ノ゙


とまあ、こんな感じで、定期的に自分の好きな歌詞を見てみようと思います。
完全に自己満足でやんすが(´・ω・`)


まああれだよ、いつもアホな語り種を書くよりも、もっと正直に自分の感情を吐き出すことが僕には大切な気がするんです。

そのきっかけを、歌詞がくれるんですよ。

感謝感謝だねぇ……(つД`。)゚。