負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -618ページ目

原発汚染

放射能かヨウ素がどうの、
てれびでは
「これを食べると」云々。
専門家は
「影響は少ない」って言っているじゃないか!

まあ、過剰反応する理解力にかける芸能人コメンテーターヅラのバカタレント。と局アナ。

危ないなら、市場に出回らないようにすればいい。

危なく無いものまで買い控えを指摘したらどうだ?


原発問題で重要なのは、農林漁業や避難住民が元の生活に戻れないということだ!


結局、バカタレントは自分の安全優先のコメントしか言えない。


自分達の安全を主張するだけで不公平じゃないのか?
コメンテーターって、理解力に乏しいバカタレントのことか?

復興?

阪神大震災と比較し、いつも通りの生活という。
西日本が先導してという。

確かに。


原発に伴うことは阪神大震災にはなかったこと、

節電はおちおち解消されるだろが、風評による農林漁業の復興、原発による町全体が避難したところは、復興はいつになるか?


マスコミが口にするのは簡単。

まず、人々の記憶の景色中に帰ることだ。

何百年の歴史と文化を戦後数十年の原発企業に潰されてはたまらないよね。


結局、都会の経済が戻るだけが復興なのか!


被災地へ向けて歌う?

テレビで被災地に向けて、

と題し歌手が歌う。
災害支援としてひとつの形なのだろうが、避難場所で数台のテレビしかない。
電気が復旧していない。


お前の歌は万民に必要なのか?

確かにエピソード記憶の多い歌謡曲は心の励みになるだろ。

泣くこと、笑うことはストレス発散に効果的だろう。

フジテレビが平原あやかと郷ひろみ出演で歌うらしい。


私のこの二人の歌に対してのエピソード記憶を言うなら、


平原あやかは多分、ジュピターを歌うだろう。

ホルストの惑星って私が自分の小遣いで最初に買ったクラシックのレコードなんだ、中学の時だ。当時吹奏楽で「木星」は人気の曲。
その曲に勝手に妄想で詩をつけるな!
クラシックに詩をつけた、
「遠き山に陽は落ちて音符
ドウ゛ォルザークの交響曲「新世界より」の二楽章。に詩をつけたもの。

これにイヤーな思い出がある。新世界よりは大好きなのだか、この二楽章を台無しにしたこの歌詞はきらいだ。

だから、クラシックをオリジナルと異なる使い方をしたものに嫌悪をかんじる。

郷ひろみだが、
同級生にダイファンの娘がいた。
私は郷ひろみの歌にたいしたエピソード記憶はないが、そこ娘が明るく人柄の良い記憶があり、郷ひろみと言う名前に付随する記憶だ。

個人の試聴環境が画一されていないなかで無分別に音楽の垂れ流しに全てのひとに効果があるわけではない。


自意識過剰な歌手が時々現れる。

とある、避難場所で自閉症の子供が弾くピアノが癒しとなっているらしい。

じゃあ、ピアニストが避難所でピアノを弾けばいいのかというとそれは奢りである。

私の父は生前、私に直接口に出して言わなかったが、私の弾くピアノがウルサイと感じていた。
演歌以外の音楽はウルサイと感じ嫌っていた。

年寄りのかたはそういう意識のあるかたもいる。

避難所ではその事を言わず多数に流され我慢する。

避難所で音楽をすることは悪いことではないが、全ての人の心に役立っていると思い込み歌う、演奏することはエゴとなりかねない。

難しいボランティア行為なんだよね。