負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -318ページ目

AKB14期

どうでもいいような標題だな(笑)

どなたかと同姓同名
といっも方や芸名、方や本名なんだろうけどね。

かなり印象的だね。


まあ、それはそれで、
頭の中に書きたいことはある程度まとまっているけど、どう書こうかまとまらない。
とにかく頭の中に有るものを文章として打ち出すしかない。
それから、後で理屈をつけるか?


AKBも少し様変わり。
意外に気になるのが、島崎と峯岸。仏頂面に見える島崎と周りの目線にピリピリしているようにみえる峯岸。
見ていて面白い(笑)

しかし、次の曲、タイガースの

音符きみだけーにー


意図的なパクりだな。

論文なら、「引用」とすれば済むか?
全文引用みたいな曲だなぅ(笑)

なんか、つんく♂の二番煎じのような曲でもある。

マツコ・有吉 新三大

ジョン・ゲージの三大(笑)

音について楽しむ訳だから、4分33秒は代表的な「音」の解釈だし、

ピアノと管弦楽のコンサートは、偶然性の音楽。

サティの音楽もその前振り的考えだろう。


ゲージの音楽の評価の良し悪しも聴く側の偶然性の評価に委ねられる。

「いい曲、いい演奏」と思うのも「つまらない曲、つまらない演奏」と評価するのも、まったく違う感想があってもみな正当な評価、感想である。

音を楽しむ本質ですね。

ゲージが日本の音楽の考え方に影響を受けたのは、多分、禅宗だろうけど。


あれぱ、休みではない、つまり、休符を書いていない。


日本の音楽にあるのは、休符(休み)ではなく、「間」があるです。

「間」も音楽なんです。つまり、4分33秒の間を聴いているのです。

後の二曲も日本人の音楽感なんですね。

「水の音楽」は、日本美術に見られる「借景」。

風、水の音など自然の音を本来、人為的、電気的に処理、発生された音に融合させる。


西洋音楽では、排除しょうとする、
衣音(異音)、囃音、吃音など意図的に使ってきた。

「吃音」なんて本来、日本の音楽用語じゃないの?

いつのまにが、言語障害の症状のように「吃音症」などとつかわれてしまっている。

吃音は芸術的音楽表現なんですね。


ジョン・ゲージの音楽って日本音楽の芸術性を見直すきっかけになったんですよ。

明治政府が文明開化を口実に誤った評価を学校教育で教えたがため、日本人が学校音楽を嫌いになった所以である。

まあ、一昔前の方々が西洋音楽をよく思わないのはそのあしき音楽教育が加担しているんだろうけどね。
一部特権階級の御嬢様の習い事。

わしら、凡人は金と地位が備わる勉強ができる人が立派なひと!
になっちゃった。


ASKA

チャゲアスのASKA、安息香酸ナトリウムカフェイン

だって。

なんかおかしな方向にむかってるね。

最初は覚醒剤と暴力団の記事だったけど、
つい先日、否定してた。

今度は、
安息香酸ナトリウムカフェイン


通常、医師の処方箋がなければ買えないはず。

薬事法違反の疑い。


暴力団との関係はどこまで法に触れるのか詳細はわからないけど、



なんで、薬物に頼るかねぇ?
病気で医師からの処方箋で薬を服用するのはしかたないことだけど、処方箋が必要な薬をわざわざ裏で手に入れる必要があるのかねぇ?

そういう薬にかぎって向精神薬系の薬だったりする。


音楽と薬を結びつけかねない行動は、他の真面目に悩み苦しみながら、音楽を産み出している人たちにとって迷惑な話だ。

とくに、自作自演、シンガーソングライターと言われる方々の関わりが多いように思える。


創られた楽曲の評価は変わることはないだろうが、作った人間の評価は改めるべきだと思う。


芸能界の犯罪に対する認識は甘い。

のと、

世間はもっと芸能人の犯罪に厳しい目を向けるべき。
一般の人だとまず同じ職には着けない。

仕事をしなくても印税がはいるんだから、芸能界から追放しても構わないでしょ!