左胸の勇気
ブログを長々と書いていたら、乃木坂のDVDが一時間終わってしまった。
たぶん原稿用紙5枚分くらいだろう。
書くことがあらかじめ頭の中にあれば、荒く一時間で5枚くらいかけるってことだね。
論文となれば、いろいろ制約がるから、数度書き直したのが草稿になるんだろうけど、
5枚分くらいが一つの項になって、5つぐらいが集まって章になるとするとちょうどいいか?
たぶん、次の章はもう少し多くなるだろうから、結果的に150枚くらいになってしまいそう。
それはまずいか?
2つに分けで、修士と博士論文にするか(笑)そうはいかないだろうね。
で、頭あの中で妄想ばかりで論文が進まない。とりあえず明日あたり注文していた本を書店にとりに行こう。それからだ。
乃木坂に漬かっておこう!
最近、雑誌の表紙に「松井玲奈」をよく見かける。SKEの松井ですね。
其顔をみて、なんとなく、乃木坂顔してると思った。
SKEの中では年齢が高いんだろうけど、どこか、AKBグループの顔立ちとは違う。
乃木坂がAKBとは違うとおもえる要因を秋元康がどこかの対談でかたっていた。
「sony music」だから、そういう人が集まった。
ってね。もちろん、レコード会社が絡むのだから、秋元康の一存だけで決められることでもないだろうし、
でも、応募する人にどこか、「sony music」というブランドがある。それが、グループの印象に違いがあると納得するのだ。
ソニーと言えば、南沙織、山口百恵、キャンディーズ、松田聖子などアイドルブランドでもある。
乃木坂のだれかが、「乃木坂は人見知りが多い」っていってたね。それから、先日の「乃木坂にまなぶ」って本にもあったが、何人かのメンバーは、乃木坂というところに、自身がそう長らくいると思っていないし、
学業を捨ててまで活動をしない。など、自身の意見がしっかりある。絶対、アイドルであり、さらに芸能界で生きるという覚悟ではないようだ。
つまり、南沙織や山口百恵、キャンディーズのような自己の見つめ方をする人が多いって特徴がある。
松田聖子的なアイドル団体じゃないだってことが、AKBとは違うんだろう。目立ちたいという意識が前面にない。
また、人気投票でセンターを決めない。それは、楽曲にも表れている。楽曲にあわせて選抜メンバーを決めている感がある。
AKBは総選挙をするから、いくら、秋元康が意向をのべてもファンの投票から大きく外れたメンバー選考もできない。精々、曲に合わせてセンターを指定できるくらいであろう。
だから、AKBの曲って主題曲とカップリング曲の差が大きいように思う。主題曲以外がファン以外にそれほど認知されないように思う。
その点、乃木坂はファンがないから、ファンの人気に左右されない。無視はしないだろうが。
だから、アンダーメンバーの曲もメンバーに合っているように思える曲が多い。
「左胸の勇気」も「ぐるぐるカーテン」の選抜メンバーではだめかもしれない。あと、
「13日の金曜日」もメンバーに合っている。
逆もある、白石、橋本、高山、松村の「偶然を言い訳にして」もいいチョイス。
こういう組み合わせはAKBでは見られない。総選挙のために、メンバーが序列化して、その縛りから大きく逸脱できない。
個々の特徴を生かしたのが乃木坂であるにたいして、序列化し組織化したのが、AKBグループのように見える。
大企業のAKB、仲良しアットホーム中小企業が乃木坂。
本当にライバルにして、乃木坂を組織化したら潰れるだろうね。
逆にここまで大きくなったAKBから序列や組織をなくせばこれまた崩壊。
学校や社会で組織の醜さ汚さを知った私のような人には、乃木坂に親しみを感じるのはそのせいかもしれない。
生駒がAKBの組織化に組み込まれてしまい、その流れで乃木坂がAKBグループに巻き込まれたら、
そこにもう、AKBの公式ライバルはなくなってしまう。単なる下部組織。
そうなったら、詰まんない。
おじちゃん、ファンを卒業する。(笑)
シラバス
昨日、今年度の「シラバス」送られてきた。
今年は、単位修得科目って通学のみだから、その日程が他の事と重ならないように調整しなければならない。
テキスト科目って、教授陣の退職とかで、担当者が未定だから、ひょっとして変更もありうる。
昨年、履修を終えていて正解だったかも。
授業の方もまだ未定な部分も得るし、変更もあるだろうから、まあ、日程の準備だけだね。
どうにか、4,5月ごろの日程だけは決まっているようだ。
で、論文の書き方まで、講義の対象にするようだ、そんなの今まであったのか?
たぶん、以前は、担当教授の専門分野でなにか講義だったのだろうけど、
どうも、それに合わせて、論文を分析するとともに、書き方を講義するように付け加えたような内容。
研究機関だから、論文を書くということが、主たる仕事になる。そういうつもりで大学院に通っているはず。
しかし、現実はそれほど、論文を書くということのむずかしさを理解していないのかも知れない。学生は。
たぶん、小保方の論文問題があって、論文の書き方を加えたんだろう。修士2回生は論文が主体だろうからね。で、その論文を書くことの自身の甘さがあって、書けず、3年、4年となってしまうんだろうね。
大学生が書く卒論とはわけが違うからね。量の多さと書く上での根拠が細かく求められる。
小保方さんのように、コピペしていたら、たとへコピペと分らなくても、担当教授から、「なんで?」と指摘が来る。
自分の意見ならば根拠が必要となる。
それは、理系なら実験結果などのデータなのだろうが、文系ならば資料の分析にあたる。それを、先行研究を根拠に正当化、もしくは先行研究に疑問や否定を投じる。
他者の言葉ならば、必ず出典を記載しなければならない。それが、根拠となる。
例え一文、一行であれ、注釈として引用先の論文、書籍の著者名や出版社、発行年、引用ページを記載する。
半数の院生はこれから、修論に取り掛かるのだろうけど、わたしゃ、半分くらい草稿を書いている。
それでも、時間が足りないと思っている。ほんとうは、2回生になって教わってちゃ遅い。
そもそも、私は大学院生っていうのは、100枚程度の論文が書けて当たり前、問題にするのは、その内容がどうかというレベルじゃないのだろうか。
まあ、学生上がりの大学生ならば、目的があって大学院に進学しているのだろうから(最近までは就職先がないから腰掛っていう人も多かった。就職浪人って方が立場が悪い)、まだ、現役のまま、大学生の中でもそれなりに優秀な人が進学しているのだろうから、大学院進学ととともに論文を書き始めている。
しかし、社会にいったん出て論文を書くという作業から離れている人が多い、私のような人も集まっているんだから、講義として論文の書き方をもう一度思い出すとともに、大学卒論との違いを理解する必要があるんだろう。
しかし、小保方問題がなかったら、わざわざ大学院の講義に入れただろうか?
ただ、私の専攻していることは、文献の分析だけではなく、美術作品など文字以外の絵、図、彫刻などを見なければならない。もちろん現地で実物をみる。
すこし、他の文学の専攻とは違う。ましてや、私は音楽を扱うから、表現の仕方も違う。
音大の発表なら、作曲作品として提出する方法があろうが、そうはいかない。
図版をねつ造でもするか?(笑)
それはない、専門家が見るからね。
だから、最先端をするなら、大学に専門家がいない分野をすることだろうね。
ほんらい、大学院ってそんなところでしょ。
講義を受ける頃は、結論のみ残して草稿が書ければと思っている。
書籍や論文もかなり書いている教授だから、そのコツを知るにはいい機会かもしれない。
『理趣経』
真言宗の基本経典の一つ。真言宗信徒でさえ、何が書いてあるかほとんど知らないはず。
お経といえば、一般的に信徒の多い浄土系の「南無阿弥陀仏」、日蓮宗系の「南無妙法蓮華経」とか唱えるのを知っているだろうから、「阿弥陀経」とか「法華経」あたりは、耳にするだろう。あと、それ以外の宗派で唱える「般若心経」は有名だろう。
正しくは「般若波羅蜜多理趣品」といいます。
以前、講談社学術文庫の宮坂宥勝『密教経典』のなかの理趣経を読んだが、もう少しラフな解釈をと、
松長有慶『理趣経』を読んでいる。前者は経典の本文の訳注。後者は、理趣経という経について。
読む順番まちがえたか。
まあいい、暇つぶしの読みものにしよう。
で、乃木坂ライブを小耳にはさみながら就寝までのひととき。
一切法自性清浄故般若波羅蜜多清浄
本来は皆清らかなのです。
誤解をしないように読みましょう。
アイドルもまた清浄なのです。ファンもまた清浄なり。です。