負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -218ページ目

「HKT支配人、一部ファンの暴挙に激怒」って記事

>HKT48の握手会で、一部のファンがNMB48のCDを割る動画が、ある動画サービスにアップされた。

 >HKT48劇場支配人の尾崎充氏は8日、「絶対に許しません」とグーグルプラスで怒りを示した。


ヤフーのコメントで叩かれている。

確かに、ものを粗末にするという行為からいえば、非難されるだろうが、

AKBグループに限るわけではないが、ファンがCDを買う目的が、曲を聴くためではない。

何十枚も何百枚もCDを買っているファンがいることは知っているはず。

いや、かわせるように仕向けているのがあなたたちだ。


CDを大量に買う目的は、握手券欲しさに他ならない。

握手券を売って利益が上がっていることを重々承知なはず。


つまり、CDを価値がないものにしたのも運営だ。


まずそういう価値のないものにしてしまった自分たちの責任jを自らが反省すべきだ。

それをせずして、


>尾崎氏は、「目を疑う情報が・・・心ない一部の方々が、我々が命をかけて造り上げている作品を粗末にしていると」と騒動に言及。


ファンが命がけでほしがっているのは、CDではなく「握手券」だというだけだ。


粗末にされるようなCDの売り方を売り方をしているのは誰なのか?

非難する対象が違う!



立ち直れない・・・・・

昨晩は、誤字の指摘が頭の中をくるくるまわって、


なぜ、あれを「誤字」を指摘したんだろうと考える。


たぶん、彼女(教官、私より年下)がどの文献を根拠として指摘したかが想像できる。

それを原本としたのであろう。


私から言わせてもらえれば、鎌倉初期の文献だろうと思う。

あのころの文献の表記は間違いが多い。

それをを根拠とすべきではない。


原本に当たれとは言うが、何を原本jとするか選択を誤れば、間違いを思い込むことになる。

原本が正しいわけではない。通例の名所の方が正しいとすべきこともある。



誰に何を指摘されるかでも、受け手の心象は変わる。



あの人の、論文の信憑性すら疑う。


まだショックだ。

立ち直れない。曲に手がつかない。


最悪!




もう少し大学院の教官となれば、尊敬できようが、

ショックである。



論文発表

本日京都から帰宅。

日程自体は、ゆとりだったけど。


いろいろ指摘されるもんですね。

ほぼ1年半でカルチャーショック。

ちょっと立ち直れるだろうか?



誤字とか脱字、文脈など指摘されるのは仕方ないと思ってた。

勿論、内容論点の批判とかね。





で、この字が違うと指摘された。

こちらからすると、違わない、

あなたの、私的が間違っている。

と反論するわけだが、


東洋音楽を研究する人間にとって、当然の知識。

いや、中国の美術を研究するひとならば、当然知っていておかしくない。


たとえば、ピアノ四重奏曲で楽器編成において

「Viora」と記載ていることに対して、「Violin」でないかと指摘される。

理由を聞くと、楽譜の頭に,

ViolinⅠ、ViolinⅡ、Viora、Violin celloと書いてあるから、


ヴァイオリンとヴィオラは違うと知らない人の指摘。

専門外なら、仕方ないかと思うが、

私にすると、それを指摘する人が、

ビアの教室の先生だったって感じ。



カルチャーショック


あなたの御専門でも、この名前は触れることはあるはず。

それ自体の詳細を知らなくても、その二つが別物くらい知っていて当然なんじゃないのか?


物を知らない人に誤字だと指摘された、ショック。


こちらは、指導を受ける側、強くも出れないが、


こんなやつに、採点されるんだとおもうと、もうどーでもよくなる。



結局、交響曲を説明するのに、

オーケストラの一つ一つの楽器の説明からしなければいけないのか?


論文が主旨が狂ってしまう。

論文を書く技術にいくら高度なものを求まられても、

内容が素人さんへの基本的な名称の説明から始めなければならないのか。


論文の組み立てををほとんど変えなければならない。



不本意な、内容の論文でしかない。

ちょっと立ち直れないぞ…・