自身の研究テーマの中に「看取り」がある。いわば、「死」についての一端である。
連投。
なぜ、音楽、それも、楽理と言う分野から、仏教の「死」に向かったのか?
そもそも、音楽理論が好きだった、中学1年の時、分厚い「新しい音楽通論」と言う本をかった。
その本で一般的に音楽理論、和声学、対位法の基本を独学で学んだ。それまで、ピアノなどの習い事さえしたこともない。
ただ、小学校の時、ピアノ習っている子が羨ましかった。時代も時代、田舎でピアノ習うなんて、女の子かいいとことのボンボンくらい。
しかし、中学で吹奏楽部に入ったことは音楽にのめり込むきっかけ。やっぱり、理論は面白い、ピアノが弾けなくても、一人であっても吹奏楽もオーケストラの音楽が書ける。分かる。
色んな音楽を聴く。
宗教音楽、舞踊音楽に興味が湧く。著名な、レクイエムとバレエ音楽は殆ど聞いた。
特に、黛敏郎「涅槃交響曲」を聞いた時の衝撃。
そこから、日本人の日本的音楽を聴きまくった。
伊福部昭なんて最高。
となると、日本の宗教音楽ってなんだと興味が湧く。
日本の音楽、宗教音楽として代表的なのは、雅楽と聲明。
そりゃ、仏教学ぶしかない。
てか、一時、カルト宗教関係で悩まされ、反論、自己防衛の為、徹底的に仏教を勉強した。
もう、仏教音楽を学ぶしかない。
日本の仏教は葬式仏教と呼ばれるように、死、看取りと大きく関連する。
死、看取りをしっかり理解すれば、変な宗教に惑わされることはない。
方便と嘘を見分けるかどうかだ。
科学的根拠のない教義、文献、経典の上で論理的根拠を組み立てられない仏教は嘘だ。
それを指摘すると、唯物論者は地獄を落ちる、と言う。人の心を救うのが仏教じゃないのか?
不安を煽りだしたら、仏教じゃなくても、もうカルト。
皆さん、気おつけて!