久しぶりの、眠れない夜の連投。忙しい毎日。
田舎の町内会かの仕事と田植えの準備。
いも変わらずの老々介護。
日々の気晴らしがしたいと思うが中々、金も時間も方法も見つからない。ただ悶々と考え込むだけの、自分でもいやーな性格。
高齢者の介護、よく、回りや誰かに相談すれば、などと、容易く言う人ないる。自身も、ついそういってしまう。
相談したばっかりに、余分なこと、考え事、仕事が増える。
行政であれ、福祉介護職の人であれ、
ああだ、こうだと言うが、それするの、私だし、あんたがしてくれるわけでもないし、金だしてくれるわけでもない。
でも、言われると、其をしないことは、身内に対して、冷たいなどとおもわれはしないか?
最近、老々介護で殺人事件が起きたりもする。そねニュースを聞くたび、
それ、わかる気もする
って、思う自分がいる。
自分はそうなったら、殺しはしないが、自分は死にたい、この苦しみから逃げたいとは思う。
それくらい老々介護の肉体的、精神的苦労がわかる。
夫婦だけ、親子だけ、それって現在多い。
兄弟が少ない現在、親2人子1人。だっり、
自分の親、配偶者の親、子供より親の数が多い。
どう年代だから、同じような状況を兄弟でも抱えやすい。ましてや、近所に住んでいるとは限らない。
近くに住んでる子、同居している子にその負担はかかる。
事件が起きている環境は、老夫婦だけ、親子だけ、どちらも老々介護。
若い子ども、孫が居ても、迷惑かけたくない、というのは親心だろう、だから、言わないし言えない。
綺麗事な相談にのってくれるのは、自治体、介護職の人々は所詮他人。身内の恥は言いたくないのは言いたくない、という、下手なプライドだけはあるんだよな。
老々介護の悲劇は今後も無くなりはしない、増えるだろう。
いかに元気で死ねるか、静かに迷惑かけずに死ねるか?
その事は常に考える。
私の学問の主でもあり、私の死ぬまでのテーマだろう。