ボランティアが足りない、、、はて?
今回の各地で起こった水害、テレビとかでボランティアが足りない。
という。三連休も終わり、ボランティアに行った人も自分の生活がある。
報道ステーションでは、ボランティアの偏りがある、それが起こらないように、自治体側も受け入れる訓練をしておかないといけないという。
一理あるだろう、しかし、それは災害時の自治体の長の能力、報道の偏りによっても起る。
ボランティアが不足していると、被災自治体がいう。
さも、
ボランティアが不足するから復興が遅れるというようにも聞こえる。
報道はやはり人的被害が大きいところばかり報道する。
まああ、そうだろう、
そうなると、ボランティアもそこを中心に集まる。
人的被害少ないからといって、被害自体が少ないわけではない。
奥地や僻地にまでなかなかボランティアがいかない。
てか、交通の便が悪かったり、自治体や企業の援助も少ない地域はなおさら。
高齢化の地域は、人的被害や家屋には害がなくとも、
農作物やそれにかかわる設備に甚大な被害があるところはたくさんある。
ボランティアが足りないなどとどの口がいう?
来ているだけでもありがたい、有名人までねえ、、、
そんな文句を言っていれば、zeroが報道してるではないか、おせえよ。
不満を言ってもしょうがない。
先日、土曜日の夜九時ごろ、
明日の朝、6時から、堤防決壊の濁流でドロが積もった用水をのドロを掻き出すから、来いと、、、
作付しているところは、勿論、地権者もという。
そんなもん、少なくとも数日前にいってくれよと思う。
勿論そんな朝から行けるわけない、私なんか、朝、4時には出なくちゃならない。
そもそも、農業の跡継ぎがいなかったり、高齢だから、農業ができなくなったかやら、
できる人、したい人に貸しているわけだし、人が集まるはずもない。
自分たちでさえ、ろくに仕事もできないんだから、
出た人が文句を言っているらしいが、仕方ない、そういう、過疎の高齢者の村なんだから。神社や寺や町内会の行事を通ってまでやってる者もいれば、百姓仕事も通い。仕事先は多くの人は町の外っていうほど町内に産業はない。
人が死ななきゃ報道されないし、報道されなきゃボランティアは来てくれないってことかな?
そんなもんだ、だから、ボランティアが不足しているといえた身分でもない。