作曲とは?
昨年暮れから、吹奏楽の行進曲を2曲書いた。
1曲は2週間かかったが、気に入らない。急遽、もう一曲。を5日で書いた。
じっくり考えたところで、気に入った曲になるわけでもない。
逆に、思い付きで書いたからといって気に入らないわけでもない。
吹奏楽、とくに、行進曲って、がっちがっちの規制の中で書かないといけない。
とくに、初心者対象になるともっと制限がある。
だから、じっくり考えれば考えるほど、過去の楽曲に似ているように思えてくる。
とても狭い範囲で、メロディーやリズムを作るわけだから、似るには当然ありうる。
迷い込んでしまうと、それも一つのスランプ。
さて、jpopも狭い範囲でしのぎあって作られるもの。
パターンを使い果たせば、スランプに落ちいるのは当然。
例の小室哲哉がその確たる見本。
自らのパターンがヒットし、それがその時の流行となれば、パターンで作ればヒットも量産。
しかし、流行が過ぎたとき、ほかのパターンが受け入れられなかったり、
一つのパターンつまり、確立されてしまったサウンドしか持たなければ、もうヒットはなかなか生まれない。
属の言われる、小室サウンド。あれって、当時は最先端だったけど、
機械に頼った作曲方法、のちのみんなは、すぐさまそれを取り入れる。
けっか、ろくに楽器が弾けなくても楽譜が読めなくても、小室哲哉のようなサウンドは誰でも作れるようになった。
小室哲哉以上に楽器が弾ける人、楽譜が読める人、歌える人山ほど参入している。
小室哲哉にとって、ネームバリュー以外他に勝るものがないいま、小室哲哉が過去の人になるのは当然の流れ。
残念ながら、彼には自分自身がパフォーマーとなって表現できるほどの実力はない。
新たな自分自身の音楽を画一する気力が無くなったなら、引退でしょう。
黙って、身を引けばいい。