作曲とは? | 負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY

作曲とは?

昨年暮れから、吹奏楽の行進曲を2曲書いた。

1曲は2週間かかったが、気に入らない。急遽、もう一曲。を5日で書いた。

じっくり考えたところで、気に入った曲になるわけでもない。

逆に、思い付きで書いたからといって気に入らないわけでもない。

吹奏楽、とくに、行進曲って、がっちがっちの規制の中で書かないといけない。

とくに、初心者対象になるともっと制限がある。

だから、じっくり考えれば考えるほど、過去の楽曲に似ているように思えてくる。

とても狭い範囲で、メロディーやリズムを作るわけだから、似るには当然ありうる。

迷い込んでしまうと、それも一つのスランプ。

 

さて、jpopも狭い範囲でしのぎあって作られるもの。

パターンを使い果たせば、スランプに落ちいるのは当然。

例の小室哲哉がその確たる見本。

自らのパターンがヒットし、それがその時の流行となれば、パターンで作ればヒットも量産。

しかし、流行が過ぎたとき、ほかのパターンが受け入れられなかったり、

一つのパターンつまり、確立されてしまったサウンドしか持たなければ、もうヒットはなかなか生まれない。

属の言われる、小室サウンド。あれって、当時は最先端だったけど、

機械に頼った作曲方法、のちのみんなは、すぐさまそれを取り入れる。

けっか、ろくに楽器が弾けなくても楽譜が読めなくても、小室哲哉のようなサウンドは誰でも作れるようになった。

小室哲哉以上に楽器が弾ける人、楽譜が読める人、歌える人山ほど参入している。

小室哲哉にとって、ネームバリュー以外他に勝るものがないいま、小室哲哉が過去の人になるのは当然の流れ。

残念ながら、彼には自分自身がパフォーマーとなって表現できるほどの実力はない。

 

新たな自分自身の音楽を画一する気力が無くなったなら、引退でしょう。

黙って、身を引けばいい。