佐村河内守の記者会見における音楽的矛盾 | 負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY

佐村河内守の記者会見における音楽的矛盾

記者会見で明かした事柄で音楽的に矛盾な発言がある。



>絶対音感はない。


>イ短調から転調して・・・・・・(作曲において指示した)


>オルゴールのメロディをシンセサイザーで打ち込んで



全聾もしくは重度の難聴において、絶対音感なくしてイ短調とか転調を確認することも不可能に近い。

たとえば交響曲などで○○調などと書かれいてもその調性を基本に書いているというだけであり、

転調しない交響曲などありえない(転調なくして何十分の曲を構成しても平坦な曲にしかならない)。

わずか数分のJ‐POPでさえその中で転調を見る曲は数知れない。借用という意味もふくめればほとんど途中に調性の変化はある。


絶対音感があるからこそ聞いただけで調性を判断できるのであって、そうでなければ、何だかの楽器でその音を引いて音を確かめたうえでなければ、調性を判断することはできない。

もしくは相対音感があり、ある調に対して転調が行われたと確認することは可能である。が、

それは、あくまでも耳が聞こえることが前提である。


新垣氏の曲はマーラーなどの後期ロマン派の曲調であることは音楽愛好者ならだれしも思うことである。

少なくとも、調性がわかりやすい主要三和音だけで書かれた作品ではない。和声学をそれなりに駆使した曲である。借用和音も多く、長短のみならず、増減の三和音属7、属9と技術的に高度ではある。


たぶん、佐村河内は調性を理解できる楽典知識すらない。くちから出まかせである。

J-POPで、キーはDmで8ビートで、

Dm→B♭→Gm→Edim7→Dm/A・A7→Dm→Gm→F→B♭→G7→Am→C7・F7→Gm→Dm

で行きましょうとかね。和声学では、

Dmoll

Ⅰ→Ⅵ→Ⅳ→Ⅱ7→Ⅰ・Ⅴ7→Ⅰ→Ⅳ→Ⅲ→Ⅵ→Ⅳ7→Ⅴ→Ⅶ7・Ⅲ7→Ⅳ→Ⅰ


となるだろうか、一見、Dmつまりイ短調であるが、途中、平行調のFつまりヘ長調になっている。

これを移調とするか、平行調の借用とするか、曲の規模にもよる。長い曲の一場面で見られるなら借用だろうが、このコードで1コーラスなら、途中、移調とするだろう。


クラシック作曲ならばこの程度の楽理知識がなければ転調判断すらできない。



でオルゴールのメロディをシンセザイザーで打ち込むという作業。打ち込むのは楽器が流暢に引ける必要はない。コツコツと時間を掛ければよいのだが、

最低限、音を確認する能力は必要である。


音が聞こえる。音は聞こえないが絶対音感がある。理論的に音が判断できるつまり、楽譜の読み書きができる。

のいずれかが必要である。


佐村河内は会見で絶対音感がない、楽譜の読み書きができないことを認めている。

ならば、耳が聞こえるという以外に作業をするための能力はない。


矛盾しないか?

つまり、佐村河内は音が聞こえる。昔から聞こえた。って見るのが一般的な受け取りである。